和文フォントの扱いは、書体の種類・文書内での切り替え・エンジンごとの設定という三つの層に分かれます。本文に使う 明朝体、見出しや強調に使う ゴシック体 という二書体の枠組みを土台に、\mcfamily / \gtfamily での切り替え、(u)pLaTeX なら kanji-config-updmap、LuaLaTeX なら luatexja-preset での設定、そして実際に何という字形のファイルが埋め込まれるのか(今の TeX Live の既定は 原ノ味フォント)までを順にたどります。
和文の書体 ── 明朝体とゴシック体
和文組版の基本は二つの書体です。明朝体(みんちょうたい) は、横画が細く縦画が太く、画の終わりに「ウロコ」と呼ばれる三角の飾りが付く書体で、欧文のセリフ体(ローマン体)にあたります。可読性が高く、長文の 本文 に使うのが定石です。ゴシック体 は線の太さがほぼ一定で飾りのない書体で、欧文のサンセリフ体にあたります。視認性が高く、見出し・強調・キャプション・図表中の文字 に向きます。
この対応づけは欧文の枠組みにそのまま重なります。明朝体が **ローマン体(\rmfamily)に対応する既定の本文書体、ゴシック体が サンセリフ体(\sffamily)に対応する書体 という二系統のモデルです。重要な帰結として、和文では \bfseries(太字)が事実上ゴシック体に割り当てられます**。欧文と違って明朝体には太いウェイトを既定で持たないため、「太字にする」=「ゴシックに切り替える」という挙動になるのです(LuaTeX-ja の既定でも、明朝・ゴシック両系統の太ウェイトはゴシックの中字に一致します)。
この二書体以外に、毛筆書体もあります。楷書体(かいしょたい) は一画ずつ筆を離して整然と書く書体、行書体(ぎょうしょたい) はやや崩して画を続ける書体で、賞状・式辞・案内状や、和の趣を出したい箇所に使います。さらに角を丸めた 丸ゴシック体 もあり、後述の otf パッケージの deluxe オプションなどで扱えます。ただし日常の論文・書籍組版で中心になるのは、あくまで明朝体とゴシック体の二書体です。
文書内で書体を切り替える
書体の切り替えは欧文の書体命令と同じ作法です。範囲を区切って効かせる 宣言形 と、引数の語だけに効く コマンド形 の二通りがあります。明朝体は \mcfamily(宣言形)と \textmc{...}(コマンド形)、ゴシック体は \gtfamily と \textgt{...}。mc は mincho、gt は gothic の略です。
本文は明朝体で組みます。\textgt{ここだけゴシック体}で強調できます。
{\gtfamily この波括弧の中はすべてゴシック体になります。}
見出しなどは \textbf{太字} にすると、和文では自動的にゴシック体になります。これらは 書体(family) を切り替えるもので、太さ(series)や斜体(shape)とは独立しています。前述のとおり \bfseries や \textbf{} は和文ではゴシック体に対応します。なお和文には基本的に イタリック体や斜体の概念がなく、欧文のような斜めの字形は用意されないのがふつうです。クラスやパッケージによっては、\rmfamily/\sffamily を使ったときに連動して明朝/ゴシックも切り替わるよう設定できます(LuaTeX-ja では luatexja-fontspec の match オプション)。
設定(1)pLaTeX / upLaTeX + dvipdfmx
伝統的な (u)pLaTeX では、組版に使う和文フォントの メトリック(字幅情報)は仮想的に固定 されていて、本文ソースでは「どの実フォントを使うか」を指定しません。実際に PDF へ埋め込む実フォントは、文書ではなくシステム側の設定 で決まります。その設定を切り替えるのが、TeX Live に付属する **kanji-config-updmap** です。これは dvipdfmx が参照するフォントマップ(updmap.cfg)を書き換え、明朝・ゴシックに対応する実フォントを一括で差し替えます。
全ユーザー共通に設定するなら kanji-config-updmap-sys(要管理者権限)、自分だけなら kanji-config-updmap-user を使います(ユーザー設定がシステム設定より優先)。まず現状を確認し、使いたいフォント名を渡して切り替えます。
# いまどの和文フォントが埋め込まれる設定かを確認 / show the current setting
kanji-config-updmap-sys status
# 原ノ味フォントに切り替える(TeX Live の既定)/ switch to Harano Aji (the TeX Live default)
sudo kanji-config-updmap-sys haranoaji
# 他の例:ヒラギノ・IPAex・Noto / other examples
sudo kanji-config-updmap-sys hiragino-pron
sudo kanji-config-updmap-sys ipaex
sudo kanji-config-updmap-sys noto-otc
# フォントを埋め込まない/自動で見つける / embed nothing, or auto-detect
sudo kanji-config-updmap-sys nofont
sudo kanji-config-updmap-sys autostatus は現在の設定と、システムで見つかった候補フォントを一覧します。auto は使える商用・フリーフォントを自動で探して埋め込み設定にし、見つからなければ埋め込みなしに戻します。JIS X 0213:2004 の字形(いわゆる「2004 JIS」)を使いたい場合は --jis2004 を付けます(例:sudo kanji-config-updmap-sys --jis2004 haranoaji)。dvipdfmx は既定でフォントを PDF に埋め込む ので、配布用 PDF でも字形が再現されます。
本文中で多書体・多ウェイトを使いたいときは、otf パッケージ(次節)を読み込みます。upLaTeX では \usepackage[uplatex]{otf} のようにエンジンを明示します。
設定(2)LuaLaTeX + LuaTeX-ja
LuaLaTeX では **LuaTeX-ja(luatexja) が和文組版を担い、OS にインストールされた OpenType/TrueType フォントを名前で直接指定できます。最も手軽なのは luatexja-preset** パッケージで、よく使う和文フォントの組み合わせを「プリセット」一語で設定できます。原ノ味フォントなら次の一行です。
\documentclass{ltjsarticle}
\usepackage[haranoaji]{luatexja-preset} % 明朝=原ノ味明朝, ゴシック=原ノ味角ゴシック
\begin{document}
本文は明朝体。\textgt{見出しはゴシック体}。
\end{document}プリセット名は haranoaji・hiragino-pro/hiragino-pron・noto/noto-otc・sourcehan・ipa/ipaex・ms・yu-win10 など多数が定義されています。複数ウェイト(明朝・ゴシックの太細を本文中で使い分ける)を有効にするには **deluxe** オプションを併用します。
\usepackage[haranoaji,deluxe]{luatexja-preset}プリセットに頼らず任意のフォントを指定したいときは **luatexja-fontspec** を読み込み、fontspec と同じ流儀の命令を使います。和文用は \setmainjfont(本文=明朝)・\setsansjfont(=ゴシック)・\setmonojfont(等幅)で、欧文側の \setmainfont などと対になります。単発指定には \jfontspec も使えます。
\usepackage{luatexja-fontspec}
\setmainjfont{Harano Aji Mincho} % 明朝(本文)
\setsansjfont{Harano Aji Gothic} % ゴシック(見出し・強調)
% \setmainjfont{Hiragino Mincho ProN} % 例:macOS のヒラギノLuaLaTeX は DVI を経由せず直接 PDF を出力 し、指定したフォントは自動的に埋め込まれます。和文の文字コードは UTF-8 が前提です。(u)pLaTeX とは違い、フォント選択が 文書(ソース)の中で完結する のが LuaLaTeX 流の利点です。
otf パッケージと Adobe-Japan1 / CID
齋藤修三郎さんによる **otf パッケージ(japanese-otf) は、(u)pLaTeX で Adobe-Japan1** の文字集合へアクセスするための定番です。Adobe-Japan1 は日本語フォントの代表的なグリフ集合で、JIS X 0208 に収まらない異体字・記号・旧字なども含みます。LuaTeX-ja でも luatexja-otf として同じ機能が使えます。
文字を直接指定する命令が二つあります。**\UTF{...} は Unicode のコードポイント(4〜5 桁の 16 進数)で、\CID{...}** は Adobe-Japan1 の CID 番号(10 進数)で字を呼び出します。入力できない異体字(たとえば人名の旧字)を、コード値で確実に出せるのが利点です。
森\UTF{9DD7}外(森鴎外の「鴎」を正字「鷗」で)
\CID{7652}飾区(葛の異体字)
葛城市、\CID{1481}城駅パッケージオプションも重要です。**deluxe** は明朝 3 ウェイト+ゴシック 3 ウェイト+丸ゴシック 1 ウェイトの計 7 書体を使えるようにし、丸ゴシックには \mgfamily / \textmg{...} が加わります。**expert は縦組み用の約物や異体字など追加グリフを有効にし、jis2004** は 2004 JIS の字形を選びます。多ウェイトを使うには、対応する実フォント(原ノ味やヒラギノなど)が設定されている必要があります。
おもな和文フォントとファイル
最後に、実際に埋め込まれる「字形そのもの」を見ます。現在の TeX Live が 既定で使う和文フォントは「原ノ味(はらのあじ)フォント」 です。Google と Adobe が公開する Source Han(源ノ角ゴシック/源ノ明朝)= Noto CJK から派生したフリーフォントで、PDF 埋め込みに適するよう調整されています。TeX Live 2020 で、それまでの既定だった IPAex フォント に代わって既定となりました(既存環境からの更新では設定が引き継がれるため、kanji-config-updmap-sys haranoaji で明示的に切り替える必要がある場合があります)。
| フォント | 系統・出自 | 位置づけ |
|---|---|---|
Harano Aji | 原ノ味。Source Han / Noto CJK 派生のフリー | 現在の TeX Live 既定。明朝・ゴシック完備 |
IPAex | 情報処理推進機構(IPA)配布のフリー | かつての既定。明朝・ゴシック |
Hiragino | ヒラギノ。macOS に同梱(商用) | macOS で高品質。プリセット多数 |
Noto CJK / Source Han | Google・Adobe のオープンソース | 多言語対応。原ノ味の母体 |
Morisawa | モリサワ(商用) | 商業印刷で定番の高品質書体 |
原ノ味の実ファイルは、明朝が HaranoAjiMincho-Regular、ゴシックが HaranoAjiGothic-Medium などで、Light・Regular・Medium・Bold・Heavy といったウェイトがそろいます。LuaTeX-ja の既定でも、本文の明朝にこの Regular、ゴシックに Medium が前もって読み込まれます。和文フォントのエンコーディングは横組みが JY3、縦組みが JT3 です。どのフォントを選んでも、dvipdfmx も LuaLaTeX も配布用に 字形を PDF へ埋め込む ため、相手の環境にフォントが無くても同じ見た目で開けます。