分数・根号・二項係数は、数式モードのなかでも「字の高さを越えて縦に伸びる」組版の代表格です。基本となる \frac は、置かれた場所(本文中か別行立てか)に応じて自動で大きさを変えます。けれども意図した見た目にならない場面も多く、そこで amsmath パッケージの \dfrac・\tfrac・\cfrac、二項係数の \binom 系、さらに斜線分数の \nicefrac/\sfrac が効いてきます。このページでは、それぞれが何を出力し、どのパッケージを要し、いつ使い分けるのかを順に整理します。
基本の分数 `\frac`
分数を組む基本命令は \frac{分子}{分母} です。これは LaTeX 本体(core LaTeX)の機能 で、amsmath を読み込まなくても使えます。最初の引数が分子、二番目が分母で、両者のあいだに横線(括線)を引き、分子を上、分母を下に組みます。たとえば \frac{1}{2} は、横線を挟んで上に 1、下に 2 が並んだ二分の一になります。
\frac の重要な性質は、前後の文脈(スタイル)に応じて大きさが自動で変わる ことです。本文に埋め込んだインライン数式(テキストスタイル)では、行の高さを大きく崩さないよう分子・分母が小さく詰めて組まれます。同じ式を \[ … \] などの別行立て(ディスプレイスタイル)に置くと、ゆとりをもって大きく組まれます。下の例は、まったく同じ \frac{a+b}{c} がインラインとディスプレイでどう変わるかを示すものです。
本文中では小さく組まれる: $\frac{a+b}{c}$ のように。
\[
\frac{a+b}{c}
\]前者は行のなかに収まる控えめな大きさの分数として、後者は独立した行の中央に大きく組まれた分数として出力されます。分数は 入れ子(ネスト) にもできます。分子や分母にさらに \frac を書けば、多層の分数になります。ただし入れ子にした内側の分数は、外側よりさらに小さいスタイルで組まれるため、深くなるほど読みにくくなります。
\[
\frac{1}{1 + \frac{1}{x}}
\]この例では、分母のなかにさらに分数 \frac{1}{x} が入った二層の分数が組まれます。内側の \frac{1}{x} は外側より一段小さく組まれる点に注目してください。深い入れ子で各層を同じ大きさに保ちたいときは、次節以降の \dfrac や、連分数専用の \cfrac を使います。
大きさを固定する `\dfrac` と `\tfrac`
\frac の自動サイズが都合の悪いことがあります。たとえば本文中の分数を、小さく潰さずディスプレイと同じ大きさで見せたい。逆に、別行立ての式のなかで一部の分数だけを小ぶりに収めたい。こうした「スタイルを固定したい」要求に応えるのが、amsmath パッケージ が提供する \dfrac と \tfrac です(いずれも使用には \usepackage{amsmath} が必要)。
amsmath のユーザーガイドによれば、\dfrac は {\displaystyle\frac ... }、\tfrac は {\textstyle\frac ... } の便利な略記です。つまり \dfrac{…}{…} は 置き場所によらず常にディスプレイサイズ(大きい分数) で、\tfrac{…}{…} は 常にテキストサイズ(小さい分数) で組まれます。引数の取り方は \frac とまったく同じで、第一引数が分子、第二引数が分母です。
% プリアンブルで: \usepackage{amsmath}
本文中でもフルサイズの分数: $\dfrac{\partial f}{\partial x}$。
\[
\dfrac{1}{1 + \dfrac{1}{x}}
\]インラインの \dfrac{\partial f}{\partial x} は、本文の行のなかでもディスプレイと同じ大きさの偏微分の分数として組まれます(その分、行の高さは押し広げられます)。別行立ての例では、\dfrac を入れ子にしたことで、外側と内側の分数が同じ大きさで組まれ、\frac を入れ子にしたとき(内側が縮む)より読みやすくなります。使い分けの目安は次の通りです。
\frac**: ふつうはこれ。文脈に任せて自然な大きさにしたいとき。\dfrac**: 本文中の分数を潰さずフルサイズで見せたいとき、または入れ子の各層を同じ大きさに保ちたいとき。\tfrac**: 別行立ての式のなかで、一部の分数だけを小さく詰めて組みたいとき(指数や添字に近い扱いにしたい場合など)。
連分数 `\cfrac`
分母にさらに分数が続く 連分数 を \frac の入れ子で組むと、層が深くなるほど字が小さくなり、やがて潰れて読めなくなります。amsmath パッケージ の \cfrac{分子}{分母} は、この用途専用の命令です。各層を すべてディスプレイサイズで揃えて 縦に積み、層が深くなっても大きさが変わりません。連分数には必ずこちらを使います。
% プリアンブルで: \usepackage{amsmath}
\[
x = 1 + \cfrac{1}{2 + \cfrac{1}{2 + \cfrac{1}{2 + \cdots}}}
\]これは、1 +(分数 …)という連分数が、各段の \cfrac がすべて同じ大きさで縦に積み重なる形で組まれます。末尾の \cdots は中央そろえの三点(…)で「以下同様」を示します。\frac で同じものを書くと内側ほど小さくなってしまうのと対照的です。
\cfrac は 省略可能な配置引数 を取ります。amsmath ユーザーガイドの言葉では、分子の左寄せ・右寄せは \cfrac の代わりに \cfrac[l] または \cfrac[r] を使って指定します。[l] で分子を左寄せ、[r] で右寄せにし、何も付けなければ 中央そろえ(既定) です。連分数では分母の幅が層ごとに変わるため、分子の横位置を揃えたいときにこの引数が役立ちます。
\[
\cfrac[l]{1}{2 + \cfrac[l]{1}{2 + \cfrac[l]{1}{2}}}
\]この例では、各段の分子 1 がそれぞれの括線の左端にそろえて組まれます(既定では中央にきます)。
二項係数 `\binom`
二項係数(組合せの数)「n 個から k 個を選ぶ」は、横線のない縦並びを丸括弧で囲んだ形で書きます。amsmath パッケージ の \binom{n}{k} がこれを出力します。上に n、下に k を括線なしで縦に並べ、全体を大きさの合った丸括弧 ( ) で囲みます。\frac と違って 分数の横線は引かれません。
\frac に \dfrac/\tfrac があるのと同じく、\binom にも大きさを固定する仲間があります。\dbinom{n}{k} は常にディスプレイサイズ、\tbinom{n}{k} は常にテキストサイズで組みます。いずれも amsmath が必要です。
% プリアンブルで: \usepackage{amsmath}
\[
\binom{n}{k} = \frac{n!}{k!\,(n-k)!}
\]これは、左辺に大きな丸括弧で囲まれた n 上・k 下の二項係数、右辺に階乗を使った分数(n! を k!(n−k)! で割る形)が組まれた等式です。右辺の \, は階乗どうしの間にわずかな空きを入れる細い空白命令です。
古い文献や plain TeX 流では、二項係数を {n \choose k} と書くことがあります。これは TeX 由来の汎用分数プリミティブによる書き方ですが、現在は **amsmath の \binom を使うのが標準** です。同系統の \over・\atop・\above(横線つき/横線なし/太さ指定の汎用分数)も、amsmath を読み込むと警告を出すようになっており、ガイドは代わりに \frac や \genfrac を使うよう促しています。\genfrac{左括弧}{右括弧}{線の太さ}{スタイル}{分子}{分母} は、これら分数・二項係数の見た目をまとめて制御できる amsmath の汎用命令で、\frac・\binom・\cfrac などはいずれもこの仕組みの上に作られています。
根号 `\sqrt` と n 乗根
平方根(ルート)は \sqrt{中身} で組みます。これは LaTeX 本体の機能 で、amsmath は不要です。根号記号(√)を出し、その右上から伸びる横線(vinculum)で中身全体を覆います。中身の高さや幅に合わせて根号と横線の大きさが自動で調整されるため、\sqrt{x} も \sqrt{x^2 + y^2} も、それぞれの内容にちょうど合った大きさで組まれます。
n 乗根(立方根など)は、省略可能な引数 を角括弧で与えて \sqrt[n]{中身} と書きます。根号記号の左肩に小さく指数 n が付きます。たとえば立方根は \sqrt[3]{x+y} と書き、根号の左上に小さな 3 が、横線の下に x+y が組まれます。
\[
\sqrt{x^2 + y^2}, \qquad \sqrt[3]{x+y}, \qquad \sqrt[n]{a}.
\]これは、根号の下に x²+y² を収めた平方根、左肩に 3 の付いた立方根、左肩に n の付いた n 乗根が、\qquad(広い空き)で区切られて並ぶ出力です。なお n 乗根の指数の位置や大きさを微調整したいときは、amsmath が提供する \sqrt[\leftroot{…}\uproot{…}n]{…} という調整命令も使えますが、ふつうの用途では既定の位置で十分です。
指数(べき乗)の組み方
指数(べき乗)は上付き文字として、キャレット ^ で組みます。x^2 は x の右上に小さく 2 が付いた「x の 2 乗」です。これは LaTeX 本体の機能で、パッケージは要りません。指数が 2 文字以上のときは必ず波括弧でまとめます。x^{10} は正しく「x の 10 乗」になりますが、x^10 と書くと x の 1 乗のあとに別の 0 が続く、という意図しない組み方になってしまいます。
指数・分数・根号は組み合わさることが多く、ここまでの命令を一つの式で使うと次のようになります。波括弧で範囲を明示することが、正しい組版の鍵です。
\[
x = \frac{-b \pm \sqrt{b^2 - 4ac}}{2a}
\]これは二次方程式の解の公式です。分子に「−b ± √(b²−4ac)」、分母に「2a」が入った大きな分数として、別行立ての中央に組まれます。根号の中の b^2 は上付きの 2 乗、\pm は「±」(プラスマイナス)記号です。指数と添字を同じ文字に付けたいとき(例 x^2_i)の詳しい扱いや、字間の微調整は、別ページ「添字とスペーシング」を参照してください。
斜線分数 `\nicefrac` と `\sfrac`
本文中の「2分の1」を、縦並びではなく a/b のように斜めに小さく組みたいことがあります(単位の「1/2」など)。これには **nicefrac パッケージ** の \nicefrac{a}{b} が使えます。分子と分母をスラッシュで斜めにずらして並べ、行の高さを崩さずに収めます。この命令は標準では使えず、プリアンブルで \usepackage{nicefrac} が必要です。
より新しく、推奨される代替が **xfrac パッケージ** の \sfrac{a}{b} です。CTAN の nicefrac の説明自身が、nicefrac の機能は xfrac パッケージがより洗練された形で提供している、と述べています。\sfrac は本文モードでも数式モードでも使え、フォントに応じた見た目の調整がより丁寧です。新規の文書では \usepackage{xfrac} と \sfrac を使うのが無難です。
% nicefrac の場合: \usepackage{nicefrac}
所要時間は約 \nicefrac{3}{4} 時間です。
% xfrac の場合(推奨): \usepackage{xfrac}
およそ $\sfrac{1}{2}$ に相当します。いずれも、3/4 や 1/2 が、本文の行の高さに収まる小さな斜線分数として組まれます。縦に大きく組みたい分数は \frac や \dfrac、行内で小さく斜めに見せたい分数は \sfrac(または \nicefrac)、と用途で使い分けるとよいでしょう。
| 命令 | 必要パッケージ | 何を出力するか |
|---|---|---|
\frac{a}{b} | 不要(LaTeX 本体) | 横線つきの分数。文脈で大きさが変わる |
\dfrac{a}{b} | amsmath | 常にディスプレイサイズの分数 |
\tfrac{a}{b} | amsmath | 常にテキストサイズの分数 |
\cfrac{a}{b} | amsmath | 連分数。各層を同サイズで縦積み。[l]/[r] で分子寄せ |
\binom{n}{k} | amsmath | 横線なし・丸括弧つきの二項係数(\dbinom/\tbinom も) |
\sqrt{x} | 不要(LaTeX 本体) | 平方根。\sqrt[n]{x} で n 乗根 |
\nicefrac{a}{b} | nicefrac | 斜線の小さな分数 a/b |
\sfrac{a}{b} | xfrac | 斜線の小さな分数(nicefrac の現代的な代替) |