標準クラス(article・report・book)の体裁では細かな制御が足りない——そう感じたときに乗り換える先が、ひとそろいで「何でもこなし、細かく設定できる」二大クラス群、KOMA-Script と memoir です。前者は欧文タイポグラフィに優れたドロップイン置換のクラス群、後者は書籍・報告書向けに多数のパッケージ機能を一つに束ねた万能クラス。このページでは両者の正体と設定の勘どころ、そしてどちらをいつ選ぶかを見ていきます。
なぜ標準クラスを置き換えるのか
article / report / book は枯れていて確実ですが、既定の余白や見出し、ヘッダ・フッタの体裁を作者が変えようとすると、\makeatletter で内部命令に手を入れたり、geometry・fancyhdr・titlesec・tocloft といった補助パッケージを何枚も重ねたりすることになりがちです。標準クラス自体の詳細は 標準クラス のページに譲りますが、要点は「設計の自由度が低く、変更の入口が用意されていない」ことです。
KOMA-Script と memoir は、その不満に正面から答えるクラスです。どちらも標準クラスの代わりとして使え、設計を変えるための命令やオプションを最初から公式に備えているのが共通点。違いは出自と思想で、KOMA-Script は「整ったタイポグラフィの置換クラス+設定の仕組み」、memoir は「補助パッケージを丸ごと取り込んだ一枚岩の書籍クラス」という性格です。
KOMA-Script — 置換クラス群
KOMA-Script は Markus Kohm が開発・保守する LaTeX2ε のクラス・パッケージ群で(著作権表示は 1994–2026、本稿執筆時点の版は 3.49.2、2026-02-02)、標準クラスのドロップイン置換を中心に構成されます。**scrartcl** が article、**scrreprt** が report、**scrbook** が book に対応し、手紙には専用の **scrlttr2** があります。本文の書き方(\section や \chapter など)は標準クラスとほぼ同じまま、既定のタイポグラフィがより整い、設定の窓口が大きく開いているのが持ち味です。
| KOMA クラス | 置き換える標準クラス | 用途 |
|---|---|---|
scrartcl | article | 論文・汎用の短中文書 |
scrreprt | report | 章を持つ報告書・学位論文 |
scrbook | book | 両面前提の書籍 |
scrlttr2 | letter | 手紙(複数の便箋・レイアウトを定義可能) |
設定は二通り。クラスオプションとして \documentclass[...]{scrartcl} に渡すか、読み込み後に **\KOMAoptions{...}** で変えます。KOMA-Script は「ほとんどのオプションを読み込み後でも変更できる」しくみを持ち、\KOMAoptions は option=value をカンマ区切りで並べて一度に複数指定できます。一つのオプションに複数の値を同時に与えたいときは **\KOMAoption{option}{値1,値2}** を使います。
組版領域の計算 — DIV と BCOR
KOMA-Script のページ設計の核心が **typearea** パッケージです(KOMA クラスを使うときは自動で読み込まれるので、\usepackage{typearea} を別途書く必要はありません)。余白を直接 mm で指定するのではなく、ページを縦横それぞれ何本かの帯(strip)に分割し、その比率から本文ブロックと余白を導くという発想で、植字工 Jan Tschichold の流儀にもとづいています。
その分割数を決めるのが **DIV=** です。マニュアルいわく「DIV=factor は、組版領域の構成時にページを縦横へ分割する帯の本数を指定する」もので、肝心なのは factor が大きいほど本文ブロックは大きく、余白は小さくなる(=1 ページに入る文字が増える)こと。factor には 4 より大きい整数を与えます。A4 での既定値は本文サイズに連動し、10pt なら 8、11pt なら 10、12pt なら 12。フォントに合わせて自動算出させたいときは DIV=calc、伝統的な「中世の版面(page canon)」風にしたいときは DIV=classic を使えます。
もう一つが **BCOR=**(binding correction=綴じ代)です。製本でノド側に綴じ込まれて見えなくなる幅をここに与えると、その分が版面計算からいったん差し引かれ、出力時に内側(左)余白へ加え戻されます。値には TeX が理解する任意の単位を使えます(例:BCOR=10mm)。\KOMAoptions で DIV や BCOR を変えると、組版領域と余白は自動で再計算されます。
\documentclass[DIV=12,BCOR=10mm]{scrartcl}
% DIV=12 本文ブロックを広めに(A4・12pt 既定と同じ分割数)
% BCOR=10mm 綴じ代 10mm を内側余白へ確保
\usepackage[T1]{fontenc}
\usepackage{microtype}
\title{A Short Report}
\author{Ada Lovelace}
\begin{document}
\maketitle
\section{Introduction}
KOMA-Script keeps the body markup of \textsf{article}
while giving you DIV and BCOR for the page layout.
\end{document}なお、フォントパッケージを後から読み込む場合は注意が必要です。DIV=calc をクラスオプションに書くと、フォント読み込み前の標準フォントで版面が決まってしまいます。フォントを変えた後にプリアンブルで \KOMAoptions{DIV=last}(または DIV=current)を呼ぶと、新しいフォントに合わせて再計算できます。
KOMA の体裁調整 — 要素フォントと見出し
KOMA-Script は、見出しやキャプションといった文書の各「要素(element)」に対して書体をまとめて設定できます。**\setkomafont{要素}{命令} はその要素の書体をまるごと定義し直し、\addtokomafont{要素}{命令}** は既存の定義に追加します(\usekomafont{要素} で現在の書体をその要素のものに切り替え)。指定する「命令」は \sffamily・\bfseries・\Large のような 書体属性を変えるものだけ にとどめ、いずれもプリアンブルで宣言します。
見出し命令そのものの体裁(前後の空き・書体・番号の出し方など)を組み替えたいときは **\RedeclareSectionCommand[属性]{名前}** を使います。これは既存の見出し命令(\section や \chapter など)の属性を、カンマ区切りの key=value で再定義する公式の入口です。ヘッダ・フッタは、KOMA クラスと組み合わせる **scrlayer-scrpage** パッケージが推奨で、\lehead・\cohead・\rohead のように「左/中央/右」×「偶数/奇数ページ」の各位置を個別に設定できます。
memoir — 万能の書籍クラス
memoir は Peter Wilson が 2001 年に発表したクラスで、現在は Lars Madsen が保守しています。標準の **book クラスを土台に、設計まわりの多くのパッケージ機能を一つに統合した**のが特徴で、本人いわく「目次を制御する tocloft や、独自ヘッダを作る fancyhdr に似た方法など、多数のパッケージの機能を取り込んでいる」クラスです(数式や babel・hyperref の領域には踏み込みません)。book と report の置換として使え、既定ではそれらとほぼ見分けのつかない出力になりますが、article 風の体裁に寄せるオプションなども備え、何より「いじって設計する」ことを前提に作られています。
ページレイアウトは専用命令で組み立てます。**\setlrmarginsandblock{spine}{edge}{ratio} は左右(ノド側=spine と小口側=edge)の余白を指定し、ページ幅は固定のまま本文ブロック幅がそこから決まります。\setulmarginsandblock{upper}{lower}{ratio}** は同様に上下の余白を決めます。いずれも 3 つ目の引数に比率を、不要な値には * を置けます。
大切なのは、これらの指定は宣言しただけでは効かないこと。**\checkandfixthelayout** を呼んで初めてレイアウトが確定します(マニュアル:「既定の版面で満足でないなら、望むレイアウトを指定したあとに \checkandfixthelayout を呼んで最終的に実装しなければならない」)。章見出しの体裁は **\chapterstyle{スタイル}** で切り替えます。\pagestyle と同じ感覚で、以降の章見出しのスタイルを設定するもので、default(標準の book 風)・section(節のように 1 行で)・hangnum(章番号を傍注へ)・companion(LaTeX Companion 風)など多くの定義済みスタイルが付属します。とりわけ書籍デザインで人気のクラスです。
\documentclass[11pt,a4paper,twoside]{memoir}
% --- page layout (must end with \checkandfixthelayout) ---
\setlrmarginsandblock{30mm}{25mm}{*} % spine, fore-edge
\setulmarginsandblock{30mm}{35mm}{*} % upper, lower
\checkandfixthelayout
\chapterstyle{hangnum}
\begin{document}
\chapter{Beginnings}
memoir bundles page layout, headers, and chapter styles
into one configurable book class.
\end{document}どちらを、いつ選ぶか
KOMA-Script と memoir はねらいが近く、どちらでも質の高い文書が作れます。傾向としては、論文や報告書など標準クラスからの自然な移行で、整った既定タイポグラフィと DIV/BCOR による明快な版面制御がほしいなら KOMA-Script。1 冊の書籍を細部までデザインするなら、レイアウト・ヘッダ・章スタイル・目次を一つのクラス内で完結できる memoir が向きます。両者は思想が異なるため混在はさせず、文書ごとにどちらかを選びます。
ただし 日本語が主体の文書では、これらより日本語組版に特化したクラスが基本 です。和文の行送りや禁則・全角アキの扱いは専用クラスの守備範囲で、jsarticle / jsbook(jsclasses)や、その LuaLaTeX 版 ltjsarticle / ltjsbook、あるいは新しい jlreq を使います。KOMA-Script や memoir は欧文文書での選択肢と捉え、和文クラスとは目的が異なる点に注意してください。スライドが目的なら、別系統の beamer クラスが定番です。