数式では、記号の 上や下 にいろいろなものを重ねます。式全体に横線や波括弧をかけるもの、文字の幅に合わせて伸び縮みする帽子や矢印、そして一文字ぶんの大きさで止まる小さなアクセント——見た目は似ていても、伸びるか伸びないかで使い分けが変わります。このページでは、(1)式の上下に渡す 線と波括弧、(2)幅に合わせて伸びる ストレッチ型アクセント、(3)一記号ぶんの 固定幅アクセント の三つに整理し、さらに amsmath の \overset / \underset で任意の記号を上下に置く方法まで見ていきます。
式に渡す線と波括弧
まず、引数の 全体に渡って 横線や波括弧をかける命令です。\overline{…} は引数の上に横線を、\underline{…} は下に横線を引きます。どちらも標準の LaTeX で使え、中身の幅に合わせて線が伸びます。\overline は「ある量の補集合」や「複素共役」を表すのによく使われ、\underline の下線は下に伸びる文字(descender、たとえば y や g)を避けて引かれます。
\[
\overline{a + b} = \overline{a} + \overline{b}, \qquad
\underline{x + y}
\]この例では、左側は a+b の全体に一本の横線がかかり、右側は各文字の上に短い横線が乗ります(後述のとおり、一文字だけなら \overline より \bar の方が自然なこともあります)。\underline{x+y} は x+y の下に、y の下端を避けた横線が引かれます。横線・下線は 入れ子にできる 数少ない装飾で、\overline{\overline{z}} のように二重線も破綻なく組めます。
波括弧を渡すのが \overbrace{…} と \underbrace{…} です。これも標準 LaTeX で、中身の幅いっぱいに横向きの波括弧が伸びます。便利なのは ラベルを付けられる こと。波括弧は数式の添字のように振る舞うので、\overbrace{…}^{ラベル} のように上付き ^ で上の括弧の外側にラベルを、\underbrace{…}_{ラベル} のように下付き _ で下の括弧の外側にラベルを置けます。
\[
\underbrace{1 + 2 + \cdots + n}_{n \text{ 個の項}}
= \frac{n(n+1)}{2}
\]これは、1 + 2 + … + n の下に幅いっぱいの波括弧が伸び、その下に「n 個の項」というラベルが中央そろえで付きます。\overbrace{x + x + \cdots + x}^{k} なら、和の上に波括弧が渡り、その上に項数 k が乗ります。ラベルの中で日本語や語句を組むときは、数式モードのなかなので \text{…}(amsmath)で囲むのが安全です。
幅に合わせて伸びるアクセント
次は、引数の 幅に合わせて伸びる アクセントです。代表は \widehat{…}(広い帽子)と \widetilde{…}(広い波)。\hat{x} が一文字の上の小さな山形なのに対し、\widehat{xyz} は xyz の全体を覆うように山形が横に広がります。\widetilde も同様で、式全体に大きな波線がかかります。これらは標準 LaTeX で使えます。
ただし、伸びるといっても限界があります。\widehat や \widetilde はあらかじめ用意された数段階の大きさから最も近いものが選ばれるため、極端に長い式では帽子が十分に広がりきらず、やや不格好になることがあります。その場合は \overline や、後述の \overrightarrow のような線・矢印系を検討します。
矢印を上にかぶせる命令もあります。\overrightarrow{…} は右向き、\overleftarrow{…} は左向きの矢印を引数の上に渡し、いずれも幅に合わせて伸びます(標準 LaTeX)。両方向の矢印 \overleftrightarrow{…} と、下側に矢印を置く \underrightarrow / \underleftarrow / \underleftrightarrow は amsmath パッケージ が必要です。ベクトルの表記では、この伸びる矢印が AB 上の線分ベクトルなどに向いています。
ここで紛らわしいのが \vec です。\vec{a} は 一文字ぶんの小さな固定矢印 で、幅に合わせては伸びません。だから \vec{AB} と書くと、A と B 全体ではなく事実上 B の上あたりに小さな矢印が乗るだけで、線分ベクトルらしくは見えません。A から B への矢印を式の上いっぱいに渡したいときは、\overrightarrow{AB} を使うのが正解です。
\[
\widehat{x + y} \neq \hat{x} + \hat{y}, \qquad
\vec{a} \quad \text{vs.} \quad \overrightarrow{AB}
\]この例では、左側の \widehat{x+y} は x+y の全体に広い山形がかかり、\hat{x} は x 一文字の上に小さな山形が乗ります。右側は、\vec{a} の小さな固定矢印と、AB の上いっぱいに伸びる \overrightarrow{AB} の矢印を並べて、その差を見せています。
一記号ぶんの固定幅アクセント
三つめは、おもに 一文字 の上に置く固定幅のアクセントです。微分の \dot、二階微分の \ddot、平均や共役の \bar、推定量の \hat、近似の \tilde など、理工系で頻出する記号がそろっています。いずれも標準 LaTeX で、複数文字に付けても伸びず、最初の一記号ぶんの大きさで中央に置かれます。
| 命令 | 付くもの | 伸縮 |
|---|---|---|
\hat | 山形(サーカムフレックス) | 固定幅。広い版は \widehat |
\tilde | 波(チルダ) | 固定幅。広い版は \widetilde |
\bar | 短い横棒(マクロン) | 固定幅。式全体には \overline |
\vec | 小さな右向き矢印 | 固定幅。広い矢印は \overrightarrow |
\dot | 点 1 つ | 固定幅 |
\ddot | 点 2 つ(ウムラウト状) | 固定幅。\dddot/\ddddot は amsmath |
\acute | アキュート(右上がり) | 固定幅 |
\grave | グレイブ(右下がり) | 固定幅 |
\check | チェック(ハーチェク、v 字) | 固定幅 |
\breve | ブレーヴェ(短音記号、∪字) | 固定幅 |
\mathring | 小さな丸(リング) | 固定幅 |
\[
\dot{x}, \quad \ddot{x}, \quad \bar{x}, \quad \hat{p},
\quad \tilde{a}, \quad \vec{v}, \quad \check{s}
\]これらは、それぞれ x の上の点 1 つ・点 2 つ、x の上の短い横棒、p の上の小さな山形、a の上の波、v の上の小さな右向き矢印、s の上の v 字のチェックとして組まれます。なお i や j にアクセントを付けると点が重なって見苦しいので、**点のない \imath / \jmath** を使うのが伝統です。たとえば \hat{\imath} と書くと、i の点なしの字の上に山形だけが乗ります。
任意の記号を上下に置く(\overset / \underset)
これまでの命令は線・括弧・アクセントといった 決まった飾り でした。任意の記号や式を別の記号の上下に小さく添えたいときは、amsmath パッケージ の \overset{上}{下} と \underset{下}{上} を使います。\overset{a}{b} は b の上に a を小さく置き、\underset{a}{b} は b の下に a を小さく置きます。第 2 引数が土台、第 1 引数が添える側です。
\[
A \overset{f}{\longrightarrow} B, \qquad
X \underset{n \to \infty}{\longrightarrow} x, \qquad
\overset{!}{=}
\]この例では、\overset{f}{\longrightarrow} が矢印の上に写像名 f を小さく乗せ、\underset{n\to\infty}{\longrightarrow} が矢印の下に極限の条件を添えます。\overset{!}{=} は「(要請として)等しい」を表す、等号の上に感嘆符を置いた記法です。前節の固定アクセントと違い、上下に置く中身を自由に選べるのが利点です。
上と下の両方に添えたいときは入れ子にして \overset{a}{\underset{b}{X}} と書けます。なお、添字(^・_)が記号の 右脇 に付くのに対し、\overset / \underset は 真上・真下 に置く点が違います。総和や \lim のように初めから上下に範囲を取る作用素は専用の仕組みがあるので、そちらは別ページに譲ります。
使い分けと落とし穴
最後に、間違えやすい点を整理します。第一に **\bar と \overline の違い**。\bar{x} は一文字ぶんの 固定幅アクセント、\overline{x} は中身の幅に伸びる 横罫(rule) です。LaTeX2e のリファレンスも「\overline はアクセント命令 \bar とは異なる」と明記しています。一文字の平均なら \bar{x}、複数項にかける線なら \overline{x+y} と使い分けます。
第二に、\hat(固定)と \widehat(伸縮)の取り違え。推定量の \hat{\beta} のように一記号なら \hat、\widehat{f(x)} のように式全体を覆うなら \widehat です。\tilde と \widetilde、\vec と \overrightarrow も同じ「固定 ↔ 伸縮」の対応です。
第三に、アクセントの二重がけはきれいに積み上がりません。\hat{\vec{x}} のように二つのアクセントを重ねると、上の記号が浮いて間延びしたり、位置が不自然になりがちです(無理なく入れ子にできるのは \overline と \underline くらいです)。点を増やしたいだけなら \ddot や amsmath の \dddot / \ddddot を使い、複雑な重ねは \overset で明示的に組むか、専用パッケージに頼るのが安全です。
- 一文字に小さく → 固定アクセント(
\hat\bar\dot\vec…)。 - 式全体を覆う → 伸縮型(
\widehat\widetilde\overline\overrightarrow)。 - 範囲を波括弧で示す →
\overbrace{…}^{…}/\underbrace{…}_{…}。 - 任意の記号を上下に → amsmath の
\overset{…}{…}/\underset{…}{…}。 - i・j に付ける → 点のない
\imath/\jmathを土台にする。