キーボードのストレートな引用符 " とハイフン - をそのまま打つのは、LaTeX で最も多いタイポグラフィの誤りです。TeX には昔からの作法があり、開き引用符は バッククォート、閉じ引用符は アポストロフィ で打ち、ハイフンは数を変えて連ねることで正しい曲がった引用符 “ ” ‘ ’ とダッシュ – — を組みます。このページでは、その入力規則と、言語を問わず正しく組む現代的な方法 csquotes の \enquote を扱います。
引用符は左右で打ち分ける
欧文の引用符は、開きと閉じで形が違います(“ と ”、‘ と ’)。ところがキーボードには方向を持たない ストレートクォート " と ' しかありません。そこで TeX は 開き引用符をバッククォート(` 、grave accent)で、閉じ引用符をアポストロフィ(' 、シングルクォート)で打つ という作法を採ります。これらを文字ではなく「向き」の指示として読み替えるわけです。
単引用符 は、開きにバッククォート 1 つ、閉じにアポストロフィ 1 つ。二重引用符 は、開きにバッククォート 2 つ、閉じにアポストロフィ 2 つです(専用の二重引用符キーは使いません)。組み上がると、それぞれ ‘ ’ と “ ” という曲がった引用符になります。
`Single' quotes, and ``double'' quotes.
``I'm just going out,'' she said.2 行目で注意したいのは、語中のアポストロフィ(短縮形の I'm)はそのままアポストロフィ 1 つで打つ点です。これは閉じ単引用符と同じ字形 ’ になり、文脈で正しく見えます。開きと閉じを取り違えると ’ ‘ のように向きが逆さまになるので、必ず開きはバッククォート側で始めます。
ストレートクォートという誤り
最もありがちな失敗は、ワープロの癖で **二重引用符キー " をそのまま打ってしまう** ことです。LaTeX はこれを「閉じ引用符」または単なるストレートな記号としてしか扱えず、開きにも閉じにも同じ立った引用符が出ます。論文や書籍では、この字形は素人くさく見えます。
同様に、開き単引用符のつもりでアポストロフィ ' を打つのも誤りです。LaTeX はアポストロフィを閉じ方向としか解釈しないため、向きが逆の引用符になります。原則はひとつ、開きは必ずバッククォート側から始める こと。次の表に正誤をまとめます。
| 出したい引用符 | 正しい入力 | よくある誤り | |
|---|---|---|---|
single | 開き ‘ / 閉じ ’ | バッククォート … アポストロフィ | 開きにアポストロフィ(’ になり逆向き) |
double | 開き “ / 閉じ ” | バッククォート 2 つ … アポストロフィ 2 つ | ストレートな二重引用符キー "(両端が立つ) |
apostrophe | 語中の ’(don’t など) | アポストロフィ 1 つ | 特になし(そのままでよい) |
入力の生のバッククォートとアポストロフィから曲がった引用符への変換は、欧文フォントの リガチャ(合字) として実現されています。つまり通常の欧文文書では何もパッケージを読み込まずに使えます。なお、本当にストレートな引用符が必要なときは \textquotesingle(直立した単引用符)や \textquotedbl(直立した二重引用符)という専用命令があります。
入れ子の引用符
引用の中に引用があるときは、外側を二重引用符、内側を単引用符にするのが英語の慣例です(米国式。英国式は外側が単で内側が二重)。素朴に並べて打つと、内側の閉じ ’ と外側の閉じ ” のアポストロフィ 3 つが詰まりすぎて読みにくくなります。そこで間に細い空き \thinspace を入れて分離します。
``Her answer was `never'\thinspace'' he reported.この手作業の空き調整は間違えやすく、文書の言語が変わると外内の対応も変わります。入れ子と空きを自動で正しく処理させたいなら、次の csquotes を使うのが確実です。
csquotes の \enquote
csquotes パッケージは、引用符を「字」ではなく「意味」で書けるようにします。中心となる命令 \enquote{…} は、中身を囲む引用符を自動で補い、しかも 文書の言語に合った引用符** を選びます。英語なら “ ”、ドイツ語なら „ “、フランス語なら « » といった具合です。babel または polyglossia と併用し、autostyle オプションを付けると、言語切り替えに追従して引用符の様式が変わります。
入れ子も自動です。\enquote{…} を入れ子にすると、外側は外側用、内側は内側用の引用符に自動で切り替わり、間の空きも適切に取られます。さらに、最初から内側の引用符を出したいときは星付きの **\enquote*{…}** を使うと、外側を飛ばして内側の様式になります。
\usepackage[english]{babel}
\usepackage[autostyle=true]{csquotes}
% ...
\enquote{She said \enquote*{never} and left.}この例は英語なら “She said ‘never’ and left.” のように、外側に二重引用符、内側に単引用符を自動で組みます。生のバッククォートとアポストロフィの作法は今も有効で広く通用しますが、多言語文書や入れ子が多い文書では \enquote の方が堅牢で間違いが起きにくく、現代の推奨です。
ダッシュ(ハイフン・en・em・マイナス)
横棒にも長さの違う 4 種類があり、用途が分かれます。入力ではハイフンの数で打ち分けます。ハイフン - を 1 つ、en ダッシュ – は 2 つ続けて --、em ダッシュ — は 3 つ続けて ---。そして数式の マイナス記号 は、これらとは別物で、数式モードの中の $-$ で出します。
| 記号 | 入力 | 主な用途 | |
|---|---|---|---|
hyphen | - ハイフン | ハイフン 1 つ | 複合語・ハイフネーション(well-known) |
en dash | – en ダッシュ | ハイフン 2 つ | 範囲(pages 5--10)・対関係 |
em dash | — em ダッシュ | ハイフン 3 つ | 挿入・中断(コンマや括弧の代わり) |
minus | − マイナス | 数式モードの - 記号 | 数式・負の数($-$、$-3$) |
See pages 5--10. A break---an aside---fits here.
The value is $-3$, a well-known fact.対応する命令は \textendash(= --)と \textemdash(= ---)です。範囲にハイフン 1 つ(5-10)や、マイナスにテキストのハイフン(-3)を使うのは、引用符のストレート打ちと並んで非常に多い誤りです。範囲は en ダッシュ、負の数や演算のマイナスは必ず数式モードで出しましょう。
言語ごとの引用符
引用符の様式は言語で大きく異なります。ドイツ語は下開き・上閉じの „ “、フランス語は二重山括弧(ギユメ)« »。babel のドイツ語拡張は \glqq/\grqq といった命令や略記を用意し、フランス語ではギユメが使われます。とはいえ言語ごとに命令を覚えるより、前述の csquotes に \enquote で意味だけ書かせ、babel/polyglossia に様式を任せるのが確実です。
日本語は事情が異なります。和文の引用符は かぎ括弧「」 と 二重かぎ括弧『』 が基本で、ここまで述べた欧文の引用符やバッククォート作法は使いません。和文の括弧・約物の扱いは「句読点・括弧類」のページで詳しく扱います。欧文と和文が混在する文書では、欧文部分にだけ欧文の引用符(または \enquote)を用い、和文部分はかぎ括弧を直接入力します。