Kile(カイル)は、KDE プロジェクトが開発する成熟した LaTeX 統合環境(IDE)です。Qt 製で主に Linux 向けですが、他の OS でも動きます。別途インストールした TeX ディストリビューションを呼び出して動く点は他のエディタと同じですが、Kile の持ち味は「プロジェクト」管理、文書を見渡す構造ビュー、各種ウィザード、そして KDE デスクトップとの深い統合にあります。このページでは、つまずきやすい ビルド の仕組みと、Kile を Linux/KDE 環境に根づかせている KDE 統合 を中心に見ていきます。
Kile とは
Kile は C++ で書かれた LaTeX 専用エディタで、KDE Frameworks と Qt の上に成り立っています。構文ハイライト、命令の自動補完、記号やタグの素早い挿入、\begin…\end のような環境の一括挿入、選択範囲だけを試し刷りする QuickPreview などを備えます。名前はノルウェー語で「くさび/くすぐる」を意味し、発音は「カイル」ではなく /kiːlə/ に近い、というのが作者たちの言い分です。
他の多くのエディタと同様、Kile は LaTeX 本体を内蔵しているわけではありません。コンパイルは、システムにインストール済みの pdflatex・uplatex・latexmk といったコマンドを Kile が裏で起動して行います。したがって導入の順番が大切で、先に TeX ディストリビューション(Linux なら TeX Live が定番)を入れ、その後で Kile を入れます。日本語環境(TeX Live 2026 など)が整っていれば、Kile 側はビルドのつなぎ方を設定するだけで動きます。
特徴的なのが プロジェクト という単位です。複数の .tex を含む文書を一つのプロジェクトとしてまとめると、どのファイルが マスター文書(\documentclass を持つ親)かを覚えてくれます。子ファイルを開いて F5 を押しても、つねにマスターを起点にコンパイルされるため、章ごとにファイルを分けた論文や書籍でも迷いません。プロジェクト内では \ref・\cite の補完も全ファイル横断で効きます。
ビルド
Kile のビルドは 「ツール(Tools)」 という考え方で組み立てられています。pdflatex・dvipdfmx・PDF ビューアなどの一つ一つが「ツール」で、メニューでは目的別に ビルド → コンパイル(Compile)/変換(Convert)/表示(View) へ整理されています。各ツールの実体(呼び出すコマンドと引数)は、すべて 設定 → Kile を設定 → ツール → ビルド(Settings ▸ Configure Kile ▸ Tools ▸ Build) で指定します。
たとえば PDFLaTeX のツールは、コマンドに pdflatex、オプションに次のように設定されています。%source は処理対象のファイル名に展開される Kile の置換記号です。-synctex=1 を入れておくと、後述の前方・後方検索(SyncTeX)が効くようになります。
-interaction=nonstopmode -synctex=1 %sourceそのうえで Kile の要が QuickBuild です。これは単独のツールではなく、複数のツールを順に呼び出す ツールの連鎖(チェーン) を一つのボタンにまとめたものです。たとえば「LaTeX → DVItoPDF → ViewPDF」という連鎖を QuickBuild に割り当てておけば、ひと押しで「コンパイル → DVI を PDF へ変換 → ビューアで表示」までが一気に進みます。連鎖の中身は前述の設定画面で自由に組み替えられるので、自分の文書に合わせた一発ビルドを作れます。
Kile はまた、参考文献(BibTeX)・索引(makeindex)・Asymptote などの 追加ツールが必要かどうかを自動で判断 し、必要なら呼び出します(この挙動は設定画面の LaTeX/PDFLaTeX ツールの「一般(General)」タブで切り替えられます)。とはいえ、再実行回数や依存関係をいっそう確実に面倒みてほしいなら、latexmk をツールとして追加するのが定番です。新しいツールを作り、コマンドに latexmk、オプションに次を設定します。
-pdf -synctex=1 -interaction=nonstopmode %source日本語のためのツール設定
日本語で長く定番なのは upLaTeX + dvipdfmx の組み合わせです。Kile では二つのツールを用意します。まず LaTeX 系のツールでコマンドを uplatex、オプションを次のようにします。
-synctex=1 -interaction=nonstopmode %source次に、DVI を PDF へ変換する DVItoPDF ツールのコマンドを dvipdfmx、オプションを %S.dvi にします(%S は拡張子なしのベース名)。最後に、この二つを「LaTeX → DVItoPDF → ViewPDF」のように QuickBuild へ連鎖として組めば、日本語文書も F5 ひと押しでビルドできます。参考文献や索引も日本語対応の upbibtex/upmendex を指すツールに差し替えておくと万全です。
もっとも見通しがよいのは、エンジンの組み合わせを **.latexmkrc** に書き、Kile 側は latexmk を呼ぶツール一つにまとめてしまう方法です。.tex と同じフォルダに次のファイルを置けば、upLaTeX → dvipdfmx の流れ・参考文献・索引・再実行回数まで latexmk が引き受けます。Kile・コマンドライン・別のエディタのどれから叩いても結果が同じになり、設定が一か所に集約されるのが利点です。
$latex = 'uplatex %O -synctex=1 -interaction=nonstopmode %S';
$bibtex = 'upbibtex %O %B';
$makeindex = 'upmendex %O -o %D %S';
$dvipdf = 'dvipdfmx %O -o %D %S';
$pdf_mode = 3;ここで $pdf_mode = 3 は「DVI を作ってから $dvipdf で PDF にする」モードの指定です。%O は追加オプション、%S は入力ファイル、%B は拡張子なしのベース名、%D は出力先を表す latexmk の置換記号で、Kile のツール設定で使う %source・%S とは別物(latexmk 側の記法)である点に注意してください。
KDE 統合と Okular
Kile は KDE デスクトップの作法に深く根ざしています。土台は KDE Frameworks で、設定の保存先や見た目(テーマ・アイコン)は KDE の仕組みにそのまま乗ります。とりわけ要となるのが KParts という技術です。これは「あるアプリの部品(ビューアや編集機能)を、別のアプリの中に丸ごと埋め込める」KDE の仕掛けで、Kile はこれを使って外部の PDF ビューアを自分のウィンドウの中に取り込みます。
その埋め込み相手が KDE 標準の文書ビューア Okular です。Okular は SyncTeX に対応しているため、ソースの行と PDF の表示位置を相互に対応づけられます。これにより、エディタの今いる行から PDF の対応箇所へ飛ぶ 前方検索 と、PDF 上の文字からソースの該当行へ戻る 後方検索(逆検索) が使えます。前方検索を効かせるには、表示ツール(Okular)のコマンドを okular、オプションを --unique %absolute_target のように設定します(%absolute_target は出力 PDF の絶対パスに展開されます)。
後方検索は Okular 側で設定します。Okular の設定で「エディタ」を Kile にし、その起動コマンドを kile --line %l とすれば、PDF 上で Shift+クリックした箇所から Kile の該当行へ戻れます。QuickBuild の連鎖を「LaTeX → DVItoPDF → ForwardPDF」のように組んでおけば、コンパイルのたびに Okular がカーソル位置のページを開いてくれます。こうした相互連携が、KParts で同じウィンドウに同居しているからこそ滑らかに働きます。
Kile は主に Linux/KDE 向けですが、Qt と KDE のライブラリが移植されているため、macOS・BSD・Windows でも動かせます(Windows 版は Microsoft Store でも配布されています)。とはいえ最も自然に使えるのは Linux のデスクトップ環境で、Okular との連携や KDE の設定との一体感もそこで最大限に活きます。