Texmaker は、フランスの Pascal Brachet が 2003 年から開発している、無料・オープンソースの LaTeX 統合環境(IDE)です。Windows・macOS・Linux で動き、エディタ・PDF ビューア・ビルド設定・補完が一つの窓にまとまっています。後発の TeXstudio はこの Texmaker から派生(フォーク)したもので、見た目が似ているのはそのためです。このページでは、Texmaker ならではの ビルド設定(クイックビルド)、執筆を速める 補完と構造ビュー、ソースと PDF を行き来する SyncTeX を順に見ていきます。
Texmaker とは
Texmaker は Qt で書かれているため、三つの OS でほぼ同じ見た目と操作になります。配布ライセンスは GPL(GNU 一般公衆利用許諾、v2)で、無料で使え改変もできます。Unicode 対応、綴りチェック、コード折りたたみ(\part・\chapter・\section・\begin{...}…\end{...} ブロックを畳める)、400 種を超える数式記号パレット、組み込みの PDF ビューアといった機能を備えます。
大切なのは、Texmaker が LaTeX 本体を内蔵していない ことです。コンパイルは、システムに別途インストールした pdflatex や uplatex、dvipdfmx といったコマンドを Texmaker が裏で起動して行います。したがって導入の順番は、先に TeX ディストリビューション(TeX Live 2026 など)、その後で Texmaker です。Texmaker 側でやるのは、それらのコマンドをどうつなぐかを設定することだけです。
TeXstudio との関係も押さえておきましょう。TeXstudio は Texmaker のコードを土台に分岐した別プロジェクトで、文法チェックやミラーカーソルなど独自機能を加えています。Texmaker は 本家らしく設定がシンプル、TeXstudio は 多機能 という色分けです。どちらも考え方は同じなので、片方に慣れればもう片方もすぐ使えます。
ビルド設定(クイックビルド)
設定はすべて 「オプション」→「Texmaker の設定(Configure Texmaker)」(macOS では「環境設定(Preferences)」)から行います。ビルドに関わるのは二つのセクションです。「コマンド(Commands)」 で各コマンドの実体(実行ファイルと引数)を指定し、「クイックビルド(Quick Build)」 でそれらをどんな順番で実行するかを選びます。
Texmaker の中心は クイックビルド です。ツールバーのボタン、またはキー F1 ひと押しで、あらかじめ選んだコマンド列を一気に実行します。「クイックビルド」セクションには定番の組み合わせが並んでおり、ラジオボタンで一つを選びます。
- PdfLaTeX + View Pdf — pdfLaTeX で直接 PDF にして表示。初期設定の既定で、欧文中心ならこれで十分。
- LaTeX + dvips + View Ps — DVI を経由し dvips で PostScript にして表示。
- LaTeX + dvipdfm + View Pdf — DVI を経由し dvipdfm(x) で PDF にして表示。日本語の定番ルート。
- User : (自分で定義) — 上の枠で好きなコマンドを
|でつないで独自の流れを組める。
各コマンドの引数では、**% がファイル名(拡張子なし)** に展開されます(マスターモードでは主文書の名前)。たとえば「コマンド」セクションの PdfLaTeX 欄は標準で次のようになっており、-interaction=nonstopmode でエラー時も止まらず、-synctex=1 で後述の SyncTeX 情報を出力します。
pdflatex -synctex=1 -interaction=nonstopmode %.tex参考文献や索引、再実行回数まで自動で面倒をみてほしいなら、latexmk をクイックビルドの「User」欄に書く手もあります。latexmk 自体が依存関係を解いて必要な回数だけ処理するので、組み合わせを自分で並べる必要がありません。
latexmk -pdf -synctex=1 -interaction=nonstopmode %.tex日本語のためのビルド設定
日本語で長く定番なのが upLaTeX + dvipdfmx です。Texmaker では二か所を直します。まず「コマンド」セクションの LaTeX 欄 を uplatex に書き換え、Dvipdfm 欄 を dvipdfmx にします。次に「クイックビルド」で 「LaTeX + dvipdfm + View Pdf」 を選びます。これで F1 を押すと、upLaTeX → dvipdfmx の順で処理されて PDF が開きます。
TeX Wiki が示す Windows 向けの具体的な設定は次のとおりです。-kanji=utf8 で文字コードを UTF-8 に固定し、-no-guess-input-enc で文字コードの自動推定を切ります。-synctex=1 を忘れないことが、後方検索を効かせる鍵です。
uplatex -no-guess-input-enc -kanji=utf8 -synctex=1 -interaction=nonstopmode %.texdvipdfmx %.dviもう一つの道は LuaLaTeX です。新規に日本語で始めるなら手数が少なく済みます。「コマンド」の LuaLaTeX 欄が整っていることを確かめ、クイックビルドの「User」欄に lualatex -synctex=1 -interaction=nonstopmode %.tex と書けば、DVI を経由せず直接 PDF まで進みます(日本語は luatexja パッケージや ltjsarticle クラスで扱います)。設定を一か所に集約したいなら、.latexmkrc に upLaTeX や LuaLaTeX の流れを書き、Texmaker からは latexmk を呼ぶだけにする方法もあります。
補完と構造ビュー
Texmaker の補完は、打つ手数を減らします。バックスラッシュ \ に続けて文字を打つと、候補の命令が一覧表示され、字を足すほど絞り込まれます。主要な LaTeX 命令はこの方法で素早く挿入でき、引数を持つ命令では入力位置(プレースホルダ)が示されるので、{ } の中を順に埋めていけます。
相互参照も助けてくれます。\ref{...} や \pageref{...} を書くと文書中の ラベル が候補に出て、\cite{...} では参考文献の キー が差し込まれます。名前のうろ覚えで止まる場面が減ります。
左側の 構造ビュー(Structure view) は、入力に合わせて自動更新される文書の地図です。\section などの 見出し、\label の ラベル、\input/\include で取り込んだ ファイル が階層で並び、項目をクリックすると該当箇所へ飛べます。長い原稿や複数ファイル構成でも、全体像を見失わずに移動できます。
SyncTeX(前方・後方検索)
SyncTeX は、ソースの行と PDF の表示位置を相互に対応づける仕組みです。Texmaker の 組み込み PDF ビューア はこれに対応しており、エディタの今いる行から PDF の対応箇所へ飛ぶ 前方検索、PDF 上の文字からソースの該当行へ戻る 後方検索(逆検索) が使えます。校正中に「この段落はソースのどこか」を探す手間が消えます。
有効化の条件は二つです。第一に、コンパイルコマンドに **-synctex=1** を付けて同期ファイル(.synctex.gz)を出力させること。上の各コマンド例のように書いておけば十分です。第二に、PDF を 組み込みビューア で開くこと(「コマンド」セクションの Pdf Viewer で「内蔵ビューア(built-in viewer)」を選び、必要なら本体に埋め込む「Embed」を有効にします)。外部ビューアで開くと相互ジャンプは効きません。
操作は素直です。マニュアルの言葉どおり、コンパイルコマンドに -synctex=1 を付けてあれば、組み込みビューアは現在の行に対応する PDF の位置へ自動で移動 します。これが前方検索です。後方検索は、組み込みビューアの語の上で 右クリック し、コンテキストメニューから選ぶと、エディタが該当行へジャンプします。