TeX Live のバージョン番号は「2024」「2026」——西暦です。しかも次の年の版が出た瞬間、前の版はそこで 凍結 され、二度と routine な更新を受け取りません。LaTeX のディストリビューション選びが他のソフト選びと少し違って感じられるのは、この「年で固まる」性質のせいです。実質的な選択肢は TeX Live・MiKTeX・MacTeX、それに Linux のディストロ同梱版の四つ。このページでは手元の TeX Live 2024 を実際に du と tlmgr で測りながら、四者が何を約束していて何を約束していないのかを見ていきます。scheme-full が本当に何 GB になるのかも、伝聞ではなく実測で示します。
ディストリビューションの箱に入っているもの
ディストリビューションとは、CTAN(Comprehensive TeX Archive Network)という巨大な倉庫から 互いに噛み合う組み合わせを選び、まとめて検証したスナップショット です。「TeX 本体にパッケージを足したもの」ではありません。手元の TeX Live 2024 でパッケージ台帳を数えると 8,238 件、そのうち scheme-full で実際に入っているのが 4,684 件(差は他 OS 向けのバイナリ小包)。台帳は 10 個の スキーム と 41 個の コレクション、その下に個々のパッケージ、という三層構造になっていて、\documentclass が読むクラスファイルも amsmath も latexmk も bibtex も、この階層のどこかにぶら下がっています。
では容量の内訳はどうなっているか。du -sh をこのツリーに当てると 8.7G、うち texmf-dist/doc だけで 3.7 GB を占め、そこには 10,099 個の PDF が入っています。フォントが 2.9 GB、実行ファイルが 522 MB。つまり フルインストールのほぼ半分は「読むもの」であって「動くもの」ではない ということです。この 3.7 GB こそがディストリビューションの隠れた本体で、texdoc siunitx と打てばネットに出ずに公式ドキュメントが開くのは、これを丸ごと抱えているからです。ディスクを惜しんで doc を削ると、この能力ごと失われます。
# Measure your own installation instead of trusting a number on a web page
tlmgr --version # which yearly release am I on?
kpsewhich -var-value=SELFAUTOPARENT # where does that release live?
du -sh "$(kpsewhich -var-value=SELFAUTOPARENT)"
tlmgr list --only-installed | wc -l # how many packages are presentTeX Live の「年」が意味すること——凍結という設計
TeX Live は年に一度リリースされ、新しい年の版が出ると前年の版は 凍結 されます。凍結とは「更新が止まる」という意味であって、「使えなくなる」でも「tlmgr が拒否する」でもありません。実際、tlmgr の中身(tlmgr.pl)を読むと、凍結を検出したときに出すのは警告文で、TeX Live 2024 is frozen に続けて「新しいリリースが出た(か、まもなく出る)ときにこうなる」と説明し、そこで処理を止めない設計になっています。ソースにはそのまま「凍結されていても更新はさせたいので、ここで死なせるな」という趣旨のコメントが添えられています。つまり凍結された年の版は、更新を 断る のではなく、渡すものが もう無い のです。
この設計は選ぶ側にとって二つの意味を持ちます。一つ目は 再現性が高い こと。「TeX Live 2024 で組んだ」と書いておけば、その環境は世界中どこでも同じ内容として復元できます。学位論文や投稿論文、CI での自動生成では、この性質が効きます。二つ目は 年をまたぐと出力が変わりうる こと。パッケージの更新は年内にも降ってくるので、締切直前の大更新は避け、提出が終わってから年版を上げるのが定石です。なお tlmgr が「自分自身より前に他のパッケージを更新する」ことを許さない仕様も、この年次モデルの一部です——詳しくは「パッケージ・フォント管理」で扱います。
scheme-full は実際に何 GB になるか
結論から言うと、この Mac で scheme-full を選んで入れた TeX Live 2024 は du -sh で 8.7G、パッケージ台帳が申告する scheme-full の合計は 8,270,269 KB(約 7.9 GB) です。「7 GB くらい」という広く出回っている数字は、いまや控えめすぎます。インストーラが最初に聞いてくる スキーム は、この総量を決める一手です。スキームがコレクションを束ね、コレクションがパッケージを束ねる入れ子になっていて、install-tl の対話メニューでも --scheme scheme-full のような指定でも選べます。
| スキーム | 中身 | インストール容量 |
|---|---|---|
scheme-infraonly | エンジンを一切含まない、基盤だけ。自動テスト用 | 約 7 MB |
scheme-minimal | plain TeX だけ。LaTeX は入りません | 約 56 MB |
scheme-basic | plain TeX と LaTeX、Computer Modern で PDF が出せる最小限 | 約 208 MB |
scheme-bookpub | 書籍組版向け。中核の LaTeX に出版系の追加 | 約 317 MB |
scheme-context | ConTeXt 中心の構成 | 約 461 MB |
scheme-small | basic に XeTeX・MetaPost・主要ハイフネーション。MacTeX の BasicTeX に相当 | 約 477 MB |
scheme-gust | ポーランドの TeX ユーザ会 GUST 向けの構成 | 約 1.1 GB |
scheme-medium | small にさらにパッケージと言語を追加。実用的な中間解 | 約 1.8 GB |
scheme-tetex | かつての teTeX 相当。medium より広く full には遠い | 約 2.8 GB |
scheme-full | 既定。CTAN で配れるものを全部。日本語も中国語も韓国語も込み | 約 7.9 GB(実測 8.7 GB) |
この表には二つ、笑える項目が紛れています。scheme-infraonly の説明は台帳の原文で「TeX エンジンをまったく含まない TeX Live のスキーム」——TeX の入っていない TeX 配布です(自動テスト用に、あとから tlmgr install で対象だけ入れる想定)。もう一つが scheme-tetex。teTeX は 1990 年代の Unix で標準だった Thomas Esser のディストリビューションで、2006 年 5 月に Esser 自身が「これ以上の新版は出さない」と表明し、後継として TeX Live を推しました。配布そのものは終わったのに、その 規模感だけがスキーム名として TeX Live に化石として残っている わけです。
実務の判断としては、ディスクに 10 GB 空けられるなら scheme-full 一択 です。理由は容量ではなく手間で、足りないパッケージを探して入れる作業が丸ごと消えます。厳しい場合の落としどころは scheme-medium(約 1.8 GB)で、そこから必要なコレクションを足していきます。日本語を組むなら collection-langjapanese、中国語・韓国語を含めた CJK 基盤なら collection-langcjk を追加してください(scheme-full なら最初から入っています)。逆に、scheme-basic まで削ると XeTeX すら無く、日本語も組めません。
MiKTeX の「その場で入れる」が買うものと売るもの
texlive miktex 違い を一文で言うなら、MiKTeX は組版の途中で足りないパッケージを取りに行き、TeX Live は行かない ——これに尽きます。Christian Schenk 氏が Windows 向けに始めた MiKTeX(現在は macOS・Linux でも動きます)は、\usepackage{siunitx} があって siunitx が入っていなければ、コンパイルを止めずに CTAN から取得して続行します。挙動はインストール時と MiKTeX Console の設定で 「常に入れる/毎回確認する/入れない」 から選べます。コマンドラインの相棒は tlmgr ではなく mpm(MiKTeX Package Manager)です。
これが買うものは明快です。初期インストールが小さく済み、使いもしないパッケージのために GB を払わずに済みます。一方で売っているのは 再現性 と 予測可能性 です。オフラインでは新しいパッケージを要求した瞬間にコンパイルが止まりますし、CI では「昨日は通ったビルドが今日は違うバージョンの宏包で通る」ということが起こります。さらに実務でよく踏むのが 共有インストールの罠 で、「全ユーザ向け」に入れた MiKTeX でも、その場で自動取得したパッケージは各ユーザの AppData\Roaming 側に落ちます。自分の環境では組めるのに、隣の席の同僚の環境では組めない、という現象の典型的な原因です。共有 PC や研究室の端末では、必要なパッケージを管理者モードで先に入れ切っておくのが安全です。
MacTeX は TeX Live と何が違うのか
TeX の部分に関しては、何も違いません。 mactex は TUG の MacTeX ワーキンググループが配る macOS 向けの .pkg で、中身は同じ年の TeX Live そのもの、同じ tlmgr、同じパッケージ群です。足されているのは macOS 側の便宜——Apple の署名・公証済みでダブルクリックで入ること、/Applications/TeX/ に TeXShop(TeX 専用エディタ)・BibDesk(文献管理)・LaTeXiT(数式を画像に切り出す)・TeX Live Utility(tlmgr の GUI)が並ぶこと、そして Ghostscript が同梱されることです。MacTeX-2026 は macOS 11(Big Sur)以降に対応し、Intel でも Apple シリコンでもネイティブに動きます。
MacTeX で本当に効いているのは、実は GUI アプリではなく PATH の張り方 です。この Mac で確かめると、/Library/TeX/texbin は Distributions/Programs/texbin へのシンボリックリンクで、その先が有効な年版の bin ディレクトリを指しています。PATH に書くのは常に /Library/TeX/texbin なので、来年の版に入れ替えても 設定ファイルを一行も直さずに済む わけです。フルが大きすぎる場合の受け皿として BasicTeX があり、台帳自身が scheme-small を「MacTeX の BasicTeX に相当する」と説明しています。ダウンロードは小さいものの、展開後は約 477 MB になる点は見込んでおいてください。
Linux のディストロ同梱版でいいのか
普段使いなら十分ですが、tlmgr を使いたい人には向きません。Debian/Ubuntu の texlive-full、Fedora の texlive-scheme-full は、TeX Live を OS のパッケージ体系に分解して載せ替えたもので、依存解決も更新も apt や dnf の管轄に入ります。そのぶん ツリーの所有者が OS のパッケージマネージャになる ので、同じツリーへ tlmgr install で足すことは基本的にできません。CTAN に今週上がった修正版が欲しい、という場面では手が出なくなります。もう一つ、OS 側の更新は年次リリースから数か月〜年単位で遅れることがあり、「TeX Live 2024 のはずなのに挙動が違う」の原因になります。
結局どれを選ぶか——OS 別の結論
四つを並べると、判断材料は「入り方」「更新の道具」「対応 OS」「容量」の四つに整理できます。容量は選んだスキームで大きく動くので、下の数字は scheme-full 相当のときの目安です。なお Windows で TeX Live を入れた場合、エディタの TeXworks も一緒に付いてきます ——台帳が「TeX Live が実行ファイルとサポートファイルを含むのは Windows だけ」と明記しているとおりで、macOS や Linux では別途用意する必要があります。
| 対応 OS | パッケージの入り方 | 更新の道具 | フル構成の容量 | |
|---|---|---|---|---|
TeX Live | Windows / macOS / Linux / Unix | スキームで最初に一括 | tlmgr、GUI は tlshell | 実測 8.7 GB |
MiKTeX | Windows 中心(macOS / Linux も) | コンパイル中に不足分を自動取得 | mpm、GUI は MiKTeX Console | 小さく始まり使うほど増える |
MacTeX | macOS のみ(11 Big Sur 以降) | スキームで最初に一括(= TeX Live) | tlmgr / TeX Live Utility | TeX Live と同じ。BasicTeX なら約 477 MB |
texlive-full | Linux(Debian / Ubuntu 系) | OS のパッケージ依存関係で一括 | apt など。tlmgr は使えない | 数 GB。OS 側の分割方針による |
- Windows:迷ったら TeX Live。他 OS と同じ年版・同じ内容になり、再現性で悩みません。ディスクが厳しい、あるいは「必要になったら勝手に入ってほしい」なら MiKTeX。
- macOS:MacTeX が既定解です。
/Library/TeX/texbinの仕組みのおかげで PATH を触らずに済みます。回線や容量が厳しければ BasicTeX から始め、tlmgrで足していきます。 - Linux / Unix:公式インストーラの TeX Live を
/usr/local/texlive/に入れるのが素直です。aptのtexlive-fullはtlmgrを封じてしまうので、パッケージを自分で管理したいなら避けます。 - CI・Docker・オフライン:TeX Live 一択です。必要なパッケージを明示的に入れれば、MiKTeX の自動取得に依存しないビルドになります。
- 日本語・中国語・韓国語:四つとも組めます。
scheme-fullならそのまま、小さいスキームならcollection-langjapaneseやcollection-langcjkを追加してください。