Cloud LaTeX(クラウドラテフ)は、日本の株式会社アカリクが運営する無料のオンライン LaTeX 環境です。最大の身上は、登録した瞬間から 日本語が初期設定のまま組める こと。Overleaf のようにエンジンを切り替えたり latexmkrc を書いたりせずに、日本語を打ってコンパイルするだけで PDF が出ます。オンラインエディタ全般の概観は「Web ブラウザで試す」に譲り、このページでは Cloud LaTeX に絞って、なぜ日本語がそのまま通るのか、クラウドでのコンパイルがどう動くのか、Dropbox 同期・VS Code 拡張・公開リンクといった実務上の使い方を掘り下げます。
誰が、どんな目的で運営しているか
運営は 株式会社アカリク(東京)。大学院生・研究者のキャリア支援を本業とする会社で、Cloud LaTeX はもともと、ある国立大学の化学系の大学院生が「環境構築なしで LaTeX を書きたい」と作った試作がアカリクのアプリ開発コンテストで優勝し、同社が出資して育てた、という出自を持ちます。2014 年にベータ、2016 年に正式版 として公開され、累計の登録者は 5 万人を超え、毎年 1 万人以上が新規に登録しています。利用は 無料 で、登録すればすぐに書き始められます。
共同作業の仕組みは、ここで正確に押さえておく価値があります。Cloud LaTeX の協働は 共有(公開)リンクと Dropbox 同期 を軸にした設計で、Overleaf のように複数人のカーソルが同じ原稿の上で同時に動く本格的なリアルタイム同時編集が主眼ではありません。大人数で一気に書き進めるなら Overleaf が一歩先、日本語の手軽さなら Cloud LaTeX、という住み分けになります。Overleaf との比較は別ページにまとめています。
日本語が最初から動く理由
Cloud LaTeX は「日本語ネイティブに対応した最初のサービス」を掲げています。同時期の海外サービス(ShareLaTeX・WriteLaTeX、のちの Overleaf)が英語圏向けで日本語を想定していなかったのに対し、Cloud LaTeX は最初から pLaTeX を前提に組み立てられました。具体的には、サーバ側で 既定のエンジンが platex に設定され、latexmk が platex → dvipdfmx の流れを自動で回します。だから利用者は、エンジンの選択も latexmkrc の記述も意識せずに、日本語の本文を書いてコンパイルするだけで済みます。日本語環境で最初につまずく関門が、そもそも存在しないわけです。
次の文書は、Cloud LaTeX で 新規プロジェクトを作ってそのまま貼り付ければコンパイルできる 最小の日本語例です。jsarticle クラスを使い、特別なフォント設定もエンジン指定もしていません。
\documentclass{jsarticle}
\begin{document}
こんにちは、\LaTeX!
日本語が初期設定のまま組めます。数式も書けます:
\[ \int_0^1 x^2 \, dx = \frac{1}{3} \]
\end{document}既定の platex は ASCII と JIS X 0208 の範囲 の文字を扱います。絵文字や一部の異体字など、その範囲外の Unicode 文字をファイル名や本文で使いたい場合は、エンジンを uplatex に切り替えます。切り替えはプロジェクトに .latexmkrc を置いて行い、upLaTeX 系の設定を書けばプロジェクト単位で変わります(仕組み自体は Overleaf と同じ latexmk の設定で、詳細は latexmk のページを参照)。新規テンプレートの多くは、この設定があらかじめ用意された状態で配布されています。
テンプレートの充実も日本語ユーザーには大きな利点です。科研費 LaTeX(科研費・学振の申請書類)をはじめ、学会誌・論文誌、ポスター発表、履歴書、さらには小説・エッセイ本まで、100 種類以上 のテンプレートが用意され、ceo.sty や jecon.bst・IEEJtran.bst といった国内でよく使う .sty/.bst も同梱されています。毎年の科研費シーズンには、その年の応募分のテンプレートが公開されます。日本語の原稿が中心なら、Cloud LaTeX は迷わず候補に入ります。
クラウドでのコンパイル
コンパイルは すべてアカリクのサーバ側 で行われます。あなたのブラウザはソースを送り、返ってきた PDF を右ペインに表示するだけ——手元には TeX Live もフォントも要りません。現在の実行環境は TeX Live 2025 frozen(その年の最終版で凍結したもの) で、サーバが latexmk コマンドを呼んでビルドします。frozen 版に固定されているため、同じプロジェクトはいつ開いても 同じ環境で再現 されます。
編集内容は 常に自動保存 されます。明示的な保存操作は不要で、いつ作業を止めても続きから再開できます。さらに ファイルの版管理と復元 があり、ファイルツリーの「…」メニューから「復元」を選ぶと過去の版に戻せます(保持はおおむね 90 日・最大 100 版)。エディタは TeX 向けに最適化され、構文ハイライトと LaTeX コマンドの補完が効きます。ソースの該当箇所と PDF の表示位置を相互にジャンプできる SyncTeX にも対応しています。
クラウド側の実務的な上限も把握しておくと安心です。1 コンパイルあたりの制限時間は約 2 分、容量は アカウントあたり 1 GB、プロジェクト数は最大 999、1 プロジェクトあたり 500 ファイル(ただし快適さのため 100 を大きく超えない運用が推奨)。コンパイル対象の .tex はプロジェクト内で指定でき、複数ファイル構成にも対応します。図版などは ドラッグ&ドロップで投入、成果物は ZIP でまとめてダウンロード できます。
Dropbox 同期・VS Code・公開リンク
クラウド完結が基本ですが、手元の環境とつなぐ道も用意されています。ひとつは Dropbox 同期。メニューの「Dropbox と同期」でプロジェクトを フォルダ階層を保ったまま Dropbox に書き出せ、逆にマイページの「インポート」で Dropbox 側のフォルダを取り込めます。これにより、クラウドのコンパイル環境を活かしつつ、ローカルのエディタや手元のバックアップと併用できます。
もうひとつが VS Code 拡張 です。アカリクは 2020 年 12 月にこれを 公式のオープンソース として公開し、VS Code Marketplace と GitHub で配布しています。仕組みは、手元の VS Code とサーバ上のプロジェクトを 自動で双方向同期 し、保存時に コンパイルはサーバ側で実行、できあがった PDF が手元にダウンロードされる、というもの。つまり ローカルに TeX Live を入れずに、使い慣れた VS Code で書けます。認証はマイページで発行する クライアント ID とトークン(とメールアドレス)を拡張に設定するだけ。オフラインでの編集にも対応 し、オンライン復帰時に自動で同期されます。
共有では、2024 年 3 月のアップデート(v2.102.0)で プロジェクトの一般公開 ができるようになりました。プロジェクト上部の「共有(Share)」ボタンから 閲覧専用 URL を発行すると、Cloud LaTeX に登録していない人でも、そのリンクから「閲覧のみ」権限で開けます。閲覧モードでは PDF と ZIP(ソース)の両方をダウンロード可能。査読者やゼミの仲間に成果を見せる、配布物の置き場所にする、といった用途に向きます。
まとめると、Cloud LaTeX は「日本語が最初から通る」「環境構築が要らない」を最短で叶えるサービスで、Dropbox や VS Code を介してローカルとも両取りできます。本格的な複数人同時編集が要るなら Overleaf を、まずローカルに本腰を入れるなら TeX Live/MiKTeX のインストールを検討するとよいでしょう。