Overleaf

Overleaf は、いま最も使われているオンライン LaTeX エディタです。何が Overleaf かという紹介と歴史は「Web ブラウザで試す」のページに譲り、ここでは 実際に使いこなすための手引き に絞ります——プロジェクトの作り方、コンパイラと TeX Live 版の選び方、日本語を組むための設定、そして複数人での共同編集まで、画面のどこを操作するかも含めて具体的に見ていきます。

プロジェクトを作る

すべては プロジェクト という単位で進みます。ダッシュボード(プロジェクト一覧)の左上にある New Project ボタンを押すと、作り方の選択肢が出てきます。白紙から始める Blank Project、ギャラリーの雛形から始める From Template、手元の .zip を取り込む Upload Project、そして Import from GitHub。どれを選んでもこの後はエディタ画面に入り、左にファイル一覧、中央にソース、右にコンパイル後の PDF が並びます。

手元に書きかけの原稿一式がある場合は Upload Project が早道です。.zip をドラッグ&ドロップすると Overleaf が解凍し、フォルダ構成を保ったままプロジェクトになります。ただし中身は LaTeX が処理できるファイルだけ——プレーンテキストと、.eps .pdf .svg .png の画像——に限られ、Overleaf 上で編集できる分の容量は 7MB までという上限があります。Word の .docx や巨大なデータは入れられません。

Git で原稿を管理しているなら Import from GitHub が便利です。先に アカウント設定(Account Settings) で GitHub アカウントを連携しておくと、New Project から見えるリポジトリを選んでプロジェクト化できます。以後は Overleaf 側とリポジトリの間で変更を相互にやり取りできます。注意点として、Git submodule と Git LFS には未対応 で、リポジトリが大きすぎると容量制限に引っかかって取り込めないことがあります。GitHub 連携は有料プランの機能で、ホスティング先を介さずに git.overleaf.com から直接 git clone する Git ブリッジ、および Dropbox の双方向同期 も同じ有料機能群に含まれます。

最初の1時間の進め方

Overleaf はブラウザだけで始められるぶん、最初からテンプレート、共同編集、Git、図版を一気に触りたくなります。けれども原稿を安定して進めるには、まず一人で、最小の本文を確実に PDF にする ところから始めるのが近道です。

  • 白紙か投稿先テンプレートを選び、ファイル一覧の入口になる main.tex を確認する。
  • 本文を大きく書き換える前に一度 Recompile し、既定状態で PDF が出ることを確かめる。
  • Menu で Compiler と TeX Live 版を決め、必要なら Main document を明示する。
  • 日本語原稿なら、LuaLaTeX で始めるか、latexmkrc で pLaTeX / upLaTeX を指定するかを先に固定する。
  • 共同編集者を招くのは、ルートファイル・コンパイラ・参考文献の方針が決まってからにする。
  • 提出前には ZIP をダウンロードして、手元にも再現できる控えを残す。

コンパイラを選ぶ

Overleaf がどの TeX エンジンで処理するかは、プロジェクトごとに切り替えます。左上の Menu(メニュー)を開くと Settings の下に Compiler という項目があり、ドロップダウンから四つの中から選べます。既定は pdfLaTeX。選択はそのプロジェクト限りで、他のプロジェクトには影響しません。

Compiler中身と画像形式こんなときに
pdfLaTeX既定。.png .jpg .pdf を扱える欧文中心の標準的な文書
LaTeXDVI 経由(内部で dvipdfmx)。画像は .eps .ps のみpLaTeX 系・EPS 図中心
XeLaTeXUnicode と OS フォント(OpenType/TrueType)OpenType を手軽に・多言語
LuaLaTeXUnicode・OS フォント・Lua 拡張現代的な構成。日本語にも

ドロップダウンの LaTeX は、生の latex ではなく DVI を経由して PDF にする経路(内部で dvipdfmx を呼ぶ)を意味します。だから図版は .eps / .ps に限られ、.png.jpg を直接は貼れません。逆に言えば、後述する日本語の pLaTeX 系はこの「LaTeX」を選ぶのが入口になります。pstricks を使いたいときも LaTeX か XeLaTeX を選びます(LuaLaTeX は pstricks 非対応)。

すぐ隣に TeX Live のバージョン設定もあります(これもプロジェクト単位)。新規プロジェクトの既定は最新版で、現時点では TeX Live 2025——Overleaf は新しい TeX Live が出てから数か月遅れて既定を更新するため、3 月に TeX Live 2026 が出ても、しばらくは 2025 が既定のことがあります。古い版もしばらく レガシー(Legacy) として選べ、過去の環境を再現したいときに使えます(古い版はいずれ提供終了の可能性あり)。複数ファイルのうちどれを本文の起点にするかは Main document の設定で決まり、ファイル一覧の三点アイコンから変更できます。

日本語を組む

Overleaf の既定 pdfLaTeX は日本語を組めません。何も設定せず日本語を打つと、エラーになるか文字が消えます。日本語を出す道は大きく二つ。(1) LuaLaTeX に切り替える か、(2) pLaTeX/upLaTeX を latexmkrc で呼ぶか。新規に始めるなら、設定が一行で済む LuaLaTeX が素直です。

いちばん簡単なのは、Menu → Compiler を LuaLaTeX に変えluatexja 系のクラスを使うことです。ltjsarticle(横組みの記事)や ltjarticle などを \documentclass に指定すれば、日本語組版用の luatexja が読み込まれます。フォントを明示しないと既定の埋め込みフォントが使われますが、luatexja-preset で IPAex フォントを埋め込むこともできます。

latex
% Overleaf: メニュー → Compiler → LuaLaTeX に設定 / set Compiler to LuaLaTeX
\documentclass{ltjsarticle}
\usepackage[ipaex]{luatexja-preset}
\begin{document}
\section{はじめに}
こんにちは、\LaTeX! 数式も書けます: $e^{i\pi}+1=0$
\end{document}

国内の学会誌で多い pLaTeX 系 で書きたい場合は、Compiler を「LaTeX」にしたうえで、プロジェクト直下に latexmkrc というファイルを置きます。Overleaf はビルドに latexmk を使うので、ここで「platex で処理し、dvipdfmx で PDF にせよ」と指示するわけです。upLaTeX を使うなら platexuplatexpbibtexupbibtex に置き換えます。新しめの選択肢として、LuaLaTeX・pLaTeX・upLaTeX のいずれでも使える jlreq クラスもあります。

latex
$latex = 'platex';
$bibtex = 'pbibtex';
$dvipdf = 'dvipdfmx %O -o %D %S';
$makeindex = 'mendex %O -o %D %S';

なお、日本語が初期設定のまま組める国産サービス Cloud LaTeX ではこの手間が要りません。日本語中心の原稿で設定に時間をかけたくなければ、そちらも候補になります。

共同編集する

Overleaf が広く使われる最大の理由が、本格的な リアルタイム共同編集 です。右上の Share から相手をプロジェクトに招くと、同じ原稿を同時に開いて書け、互いのカーソルや変更がその場で反映されます。招き方は二通り。メールアドレスで招待 する方法(編集者 Editor/閲覧者 Viewer を選べる)と、リンク共有(Link Sharing) です。

リンク共有では二種類の URL を発行できます。View link を知っている人は読むだけ、Edit link を知っている人は編集できます(編集にはアカウント作成が必要)。ここで効いてくるのが人数制限です。閲覧者(Viewer)は何人いても定員に数えません が、編集者(Editor)はプロジェクト所有者のプランの定員を消費 します。定員を超えると、編集リンクから入ってきた人は自動的に閲覧のみになります。

無料プランでは共同編集者は 1 人 まで——自分ともう一人なら無料で同時編集できます。有料プランで定員が増え、Student/Standard で 10 人、Pro で無制限。本文に付せる コメント は無料でも使えますが、誰が何を直したかを一つずつ承認・却下できる 変更履歴(track changes) と、版を遡れる 完全な編集履歴(history) は有料プランの機能です。複数人で本格的に推敲するなら、このあたりが有料化の判断どころになります。

提出前に壊さない運用

オンライン環境では、どこでも同じ画面で書ける一方で、TeX Live 版、主ファイル、共同編集者の変更、重い図版が一度に絡みます。提出前の Overleaf は「便利な下書き場所」から「再現できる組版環境」へ扱いを変えると安全です。

  • Menu で Compiler、TeX Live 版、Main document を確認し、共同編集者にも同じ設定を見てもらう。
  • 大きな TikZ / pgfplots 図や高解像度画像でタイムアウトするなら、図を PDF 化して読み込むか、重い章を一時的に外して原因を分ける。
  • エラーが増えたら Auto compile を止め、Stop on first error に切り替えて最初のエラーから直す。
  • 提出直前には Download as ZIP でソース一式を保存し、ローカルまたは別プロジェクトでも同じ PDF を作れるか確認する。

テンプレートを使う

白紙から組み始めなくても、Overleaf の ギャラリー には学会誌・会議録・履歴書・学位論文・スライドなど膨大な雛形がそろっています。New Project → Templates から種類を選ぶか、overleaf.com/gallery を直接開いて気に入った雛形の Open as Template を押せば、その体裁のまま新しいプロジェクトが立ち上がります。

投稿先が決まっているときに効くのが ジャーナルテンプレート です。出版社や学会が用意した「公式テンプレート」は、その雑誌の規定(クラスファイルや体裁)をそのまま備えており、原稿を整えてから Overleaf から直接投稿 できるものもあります。投稿規定に追われる前に、まず該当テンプレートで書き始めるのが堅実です。自作の雛形をギャラリーに 公開(Submit) することもできます。

最後に無料枠の実務的な注意を一つ。コンパイルの制限時間は 10 秒 で、長い学位論文や重い TikZ 図はこれを超えてタイムアウトすることがあります(有料で 240 秒)。これも含めた無料・有料の違いと各社の比較は「Web ブラウザで試す」にまとめてあります。