Web ブラウザで試す(Overleaf 等)

LaTeX は、何もインストールしなくても、いますぐ Web ブラウザだけで書いて組版できます。ソースを書く欄と、組み上がった PDF のプレビューが画面に並び、ボタンひとつでコンパイル——環境構築でつまずく前に、まず LaTeX そのものを試せます。このページでは代表的なオンラインエディタ(Overleaf・Cloud LaTeX・Papeeria ほか)と、その選び方、ローカル環境との違いを見ていきます。

ブラウザで試すという最短ルート

オンライン LaTeX エディタは、TeX エンジン・パッケージ・フォントをすべてサーバ側に用意 しておき、あなたのブラウザはソースを送って、返ってきた PDF を表示するだけ、という仕組みです。だから手元には何も入れる必要がなく、大学の共用 PC でもタブレットでも借りた端末でも、同じように動きます。数千のパッケージがそろった完成済みの環境に、アカウントを作った瞬間から触れられるわけです。

たいていのエディタは左にソース、右に PDF を並べ、本文を編集して「Recompile(再コンパイル)」を押すとプレビューが更新されます。試しに次の最小の文書を貼り付けてコンパイルすれば、数式まで含めて組版される様子がすぐに確認できます。

document.tex
\documentclass{article}
\begin{document}
Hello from the browser! Here is an equation:
\[ \int_0^1 x^2 \, dx = \frac{1}{3} \]
\end{document}

オンラインで書き続ける理由は大きく二つあります。ひとつは 環境を一切保守しなくてよい こと——更新もパッケージ追加もサーバ側で済みます。もうひとつは 共同編集が容易 なこと。同じ原稿を複数人で同時に開いて書ける手軽さは、ローカル環境では簡単には得られません。以下、代表的なサービスを順に見ていきます。

Overleaf — 事実上の標準

いま最も使われているオンライン LaTeX エディタが Overleaf です。数学者の John HammersleyJohn Lees-Miller が 2011 年から WriteLaTeX として開発を始め、2014 年に公開ベータ、2015 年に Overleaf へ改称しました。2017 年 7 月には競合の ShareLaTeX を統合し、合わせて 200 万人を超える利用者を抱える Overleaf v2 になりました。ShareLaTeX 由来の Git/GitHub 連携やリアルタイム編集と、Overleaf 由来の豊富なテンプレート・初心者にやさしい画面が、ここで一つに合流しています。

無料アカウントでも、プロジェクト数は無制限、ひとりの共同編集者と共有してのリアルタイム同時編集、学会誌・履歴書・学位論文などの数百種のテンプレート、コードを書く「コードエディタ」と文章として書く「ビジュアルエディタ」の切り替え、本文へのコメント機能が使えます。エンジンは既定で TeX Live 2025(最新版が出てから数か月遅れて追従します)を使い、再現性のためにプロジェクト設定から 2016 年まで遡って 過去の TeX Live を選ぶこともできます。

無料枠で知っておくべき制限もあります。コンパイルの制限時間は 10 秒 で、長い学位論文や重い TikZ 図はこれを超えてタイムアウトすることがあります。版を遡れる 編集履歴は無料では付きません。有料プランにすると制限時間は 240 秒 に伸び、共同編集者は Standard/Student で 10 人、Pro で無制限になり、ラベル付きの完全な履歴・変更履歴(track changes)・Git/GitHub/Dropbox 連携・文献マネージャ(Zotero, Mendeley)連携が加わります。

日本語には一手間が要ります。Overleaf の既定エンジンは pdfLaTeX で、これは日本語を組めないため、何も設定せず日本語を書くとエラーや文字化けになります。いちばん簡単なのは、メニューの Compiler を LuaLaTeX に変えltjsarticle クラス(luatexja を自動で読み込む)を使うこと。国内の学会誌で多い pLaTeX 系で書きたい場合は、Compiler を「LaTeX」にしたうえで platexdvipdfmx を呼ぶ latexmkrc を置きます。詳しい手順は Overleaf の解説ページにまとめています。

document.tex
% Overleaf: メニュー → Compiler → LuaLaTeX に設定
\documentclass{ltjsarticle}
\begin{document}
こんにちは、\LaTeX!数式も書けます: $e^{i\pi}+1=0$
\end{document}

Cloud LaTeX — 日本語が最初から動く

Cloud LaTeX は、日本の アカリク が運営する国産サービスです。2014 年にベータ、2016 年に正式版が始まり、登録者は数万人規模。最大の特徴は、日本語が初期設定のまま組める こと——プロジェクトを開いて日本語を打ち、コンパイルすればそのまま出力されます。Overleaf のようなエンジンの切り替えや latexmkrc の用意は要りません。日本語でつまずく最初の関門が、そもそも存在しないわけです。

機能も充実しています。科研費 LaTeX をはじめ学会・論文誌向けなど 100 種類以上のテンプレート、よく使う .sty ファイルの同梱、最新の TeX Live、フォルダ階層を保ったままの Dropbox 同期(ローカル環境との併用ができる)、ブラウザの代わりに手元の VS Code で編集 できる拡張、自動保存・ファイルの版管理と復元・ドラッグ&ドロップ投入・ZIP ダウンロード。2024 年からは、登録していない人でも閲覧と PDF/ソースのダウンロードができる 公開(読み取り専用)リンク も発行できます。利用は無料です。

日本語の原稿が中心なら、Cloud LaTeX は迷わず候補に入ります。一方で共同作業は、共有リンクや Dropbox 同期を軸にした設計で、Overleaf のような複数カーソルでの本格的なリアルタイム同時編集が主眼ではありません。大人数で同時に書き進めるなら Overleaf が一歩先、日本語の手軽さなら Cloud LaTeX、という住み分けです。

Papeeria などその他の選択肢

Papeeria は、公開プロジェクトを無制限 に作れる恒久無料枠を持つエディタです。リアルタイム共同編集、BibTeX、Git/GitHub 連携を備え、LaTeX に Markdown を混在させて書け、バックグラウンドで自動コンパイルされます。注意点は、無料枠だと 非公開(プライベート)プロジェクトが 1 つだけ に制限されること。月数ドルの有料プランで非公開プロジェクト数やアップロード容量が増えます。成果を公開してよい場合やチーム作業に向いています。

周辺にはさらに選択肢があります。CoCalc は LaTeX エディタを Jupyter や SageMath と同じ画面に束ねた科学計算ワークスペース、TeXpage は暗号化を前面に出したサービス、Authorea は執筆から論文投稿までの出版ワークフローを志向しています。近年は WebAssembly でブラウザ内だけでコンパイル する方式(サーバ往復がなく、オフラインで動き、サーバ側のタイムアウトもない)も現れていますが、対応パッケージの広さは完全な TeX Live にまだ及ばず、発展途上です。

オンラインかローカルか

オンライン版の強みは、準備が要らず、保守も不要で、どの端末でも同じ環境、そして共同編集が本当に楽なことです。最初の一通、授業の課題、共著論文の執筆くらいなら、これで十分なことがほとんどです。

ローカル環境が勝つ場面もあります。無料枠はコンパイル時間に上限があり(Overleaf なら 10 秒)、長い学位論文や重い図はタイムアウトしがち。ネット接続が前提で、原稿が 第三者のサーバに置かれる 点は、未公開・機密の研究では気になります。パッケージやフォントの版を細かく固定しにくいのも難点です。手元にインストールすれば、時間制限はなく、オフラインで動き、ファイルは自分のディスクに留まり、どのパッケージも自由に固定・修正できます。

おすすめは、まずオンラインで LaTeX 自体に慣れ、制御・規模・機密の必要が出てきたら、ローカルの TeX Live/MiKTeX へ移ること。あるいは両取りで、Cloud LaTeX + Dropbox や Overleaf + Git のように、クラウドと手元を同期させる使い方も実用的です。