モバイル・ChromeOS

スマートフォンやタブレット、Chromebook で TeX を動かしたい——という相談は多いものの、正直に言えば、デスクトップほど素直にはいきません。プラットフォームごとに「ネイティブのエンジンが動くか」「動いても実用的か」が大きく違うからです。このページでは ChromeOS・Android・iOS / iPadOS の現実的な選び方を、嘘なく整理します。結論から言えば、多くの場合は Overleaf や Cloud LaTeX といった Web エディタが最も確実な選択肢 です。

まず Web を検討する

モバイル端末で TeX を扱う最大の現実は、エンジンをローカルで動かすメリットが小さい ことです。TeX のコンパイルは CPU とディスクを使う作業で、スマホやタブレットの環境では遅く、容量も食います。一方、ブラウザさえ動けば、サーバ側で TeX Live 一式を持つ Web エディタ がそのまま使えます。

Overleaf はブラウザ上で編集・コンパイル・PDF 表示まで完結し、共同執筆もできます。日本語に強い Cloud LaTeX(アカリク社)も同様に、面倒な環境構築なしに upLaTeX や LuaLaTeX を使えます。どちらも端末側には何もインストールしないので、ChromeOS でも iPad でも Android でも、画面の大きさが許す限り同じように使えます。詳しくは下のリンク先で扱います——このページの後半は、それでも ネイティブに動かしたい人向け の現実的な手順です。

ChromeOS(Crostini)

ChromeOS は三つの中で最も恵まれています。Google 公式の Linux 開発環境(コードネーム Crostini) が、Chromebook の中に Debian の Linux コンテナ を立ち上げてくれるからです。ここでは普通の Linux とほぼ同じように TeX Live を入れられます。まず設定から有効化します。[設定]→[詳細設定]→[デベロッパー]→「Linux 開発環境」を「オンにする」。初回はコンテナのダウンロードと構築に数分かかり、終わると「ターミナル」アプリが使えるようになります(コンテナ名は既定で penguin)。

ターミナルが開いたら、最初にパッケージ一覧を更新します。Crostini は Debian なので、TeX を入れる道は Linux と同じく二つ——**Debian の apt で入れる か、TUG 公式の install-tl で入れる** かです。

terminal
sudo apt update
sudo apt upgrade

# 道その1: Debian のパッケージから(手軽)
#   日本語まで含めてフルに入れるなら texlive-full(数 GB)
sudo apt install texlive-full
#   最小構成なら texlive-base などを選ぶ

apt 版は手軽ですが、Debian の収録時点で版が固定されるため、最新の TeX Live より少し古いことがあります。**常に最新を使いたい・tlmgr で個別にパッケージ管理したい なら、TUG 公式インストーラを使います。2026 年 3 月にリリースされた TeX Live 2026** を入れる例です。

terminal
# 道その2: TUG 公式の install-tl(最新版・tlmgr が使える)
sudo apt install perl wget
wget https://mirror.ctan.org/systems/texlive/tlnet/install-tl-unx.tar.gz
tar xzf install-tl-unx.tar.gz
cd install-tl-*
sudo perl ./install-tl --no-interaction

どちらの方法でも、できあがる PDF はデスクトップとまったく同じです(同じエンジンが処理するため当然です)。注意点を二つ。Crostini のコンテナはサンドボックス内にあり、「Linux ファイル」フォルダの外、たとえば Google ドライブやダウンロードのファイルは既定では見えません——ファイルアプリ側で共有設定をするか、コンテナ内へコピーします。また、エディタも Linux アプリとして入れられます(コンテナ内で sudo apt install するだけ)。インストール手順自体は Linux と共通なので、デスクトップのページも参考になります。

Android(Termux)

Android では、端末アプリ Termux の中で Linux 版の TeX Live をほぼそのまま動かせます。Termux は Android 上に小さな Linux 風環境を作り、独自のパッケージ管理 pkg(内部は apt)でソフトを入れられます。重要な注意——Termux は F-Droid か GitHub から入れてください。Google Play 版は Android のセキュリティ仕様(API レベル 29 以降の制約)に抵触するため 公式に更新が止まっており、機能が欠けたり不具合が出ます。

Termux を入れたら、まず更新し、ストレージへのアクセスを許可します。最小構成の TeX Live は pkg install texlive の一発ですが、これは収録パッケージが絞られています。フルに近い構成や最新版が欲しければ、texlive-installer を入れて公式インストーラ(install-tl)を走らせます。

terminal
pkg update && pkg upgrade
termux-setup-storage          # 共有ストレージへのアクセスを許可

# 最小構成(手軽・容量小)
pkg install texlive

# あるいは公式インストーラで(最新版・大きい)
pkg install texlive-installer
# 続けて install-tl を実行してスキームを選ぶ

制約は正直に書いておきます。コンパイルは遅い(数年前のネットブック並みと言われます)。容量も大きい——最小でも約 600 MB、フル構成なら 2〜3 GB に達します。パッケージ更新時にファイルが見つからないといった不具合に当たることもあります。とはいえエンジン自体は本物の pdfLaTeX・XeLaTeX・LuaLaTeX で、出力 PDF はデスクトップと同等です。日本語をやるなら tlmgr で必要なパッケージとフォント設定を整える必要があります。手早く書いて確実に組みたいだけなら、Termux に深入りせず Web エディタを使うのが無難 です。

iOS / iPadOS

iPhone・iPad は最も制約が厳しいプラットフォームです。iOS / iPadOS は任意のプログラムをユーザが自由にインストールして実行することを許さず、Android の Termux にあたる汎用の Linux 環境がありません。そのため 「TeX Live をそのまま入れる」道は実質的にない と考えてください。代わりに、App Store のアプリの中に TeX エンジンを内蔵したもの がいくつかあり、それがネイティブで組版する唯一の現実的な手段になります。

内蔵エンジンを持つアプリの代表が Texifier(旧 Texpad)です。端末上で LaTeX を編集し、オフラインでそのまま組版 できます——BibTeX・TikZ・beamer といった定番にも対応し、必要なパッケージは使うぶんだけ取り込めます(手元にない特殊なパッケージは、同社の無料クラウドにある完全な TeX Live で組む選択肢もあります)。有料アプリで、Mac 版とも世界観を共有しています。

アプリの名前・有無・価格・対応エンジンは 時期によって変わります。導入前に必ず App Store と開発元サイトで最新情報を確認してください——ここで具体名を挙げていないアプリも、別行立ての組版や xelatex / lualatex 対応をうたうものがあります。そして繰り返しになりますが、iPad で確実に書きたいなら、ブラウザで動く Overleaf / Cloud LaTeX が結局いちばん手堅い選択です。外付けキーボードと組み合わせれば、執筆環境としても十分実用になります。

プラットフォーム別のまとめ

環境ネイティブで動かす現実的な近道
ChromeOS◎ Crostini の Debian に aptinstall-tlWeb でも可。Linux 並みに自由
Android△ Termux で TeX Live。遅い・容量大Web エディタが無難
iOS / iPadOS内蔵エンジン搭載アプリのみ(要確認)Web エディタ + 外付けキーボード

まとめると、本格的にネイティブで組みたいなら Chromebook が頭一つ抜けて快適、Android は Termux で頑張れば動く、iOS / iPadOS は内蔵アプリ頼み——そしてどの端末でも、迷ったら Web エディタが正解、という構図です。